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仮想シミュレーション『川崎フロンターレvsコロンビア代表』

試合前、『君が代』の直後にはスタンドから『川崎市民のうた』が鳴り響き、イレブンも整列したまま合唱。なごやかな雰囲気に包まれた。

ギリシャと対峙したW杯第2戦はスコアレスドローに終わった。週替わりのテーマで日本サッカーを論じる『J論』では、「勝ち点『1』。断崖に立つ日本代表に窮余の一策はあるのか?」と題してコロンビアとの第3戦を占っていく。その最終回は、もはや恒例となった仮想シミュレーション。「もしもJクラブがW杯に出ていたら」という仮想を通じて、対戦相手の特長を浮き彫りにする。今回はオリジナリティあふれるサッカーで突き抜ける川崎Fに登場してもらった。Jリーグを席捲するフロンターレスタイルは、世界的強豪に対してどこまで通用するのだろうか?

▼轟くサポーターの歌声
 フロンターレのサッカーを世界に披露する時がやってきた。躍進が期待されたACLではFCソウルに合計スコア4-4ながらアウェイゴールの差で敗れ、念願のクラブW杯出場はならなかったが、ブラジルW杯で南米の強豪コロンビアと対戦するという、またとない好機に恵まれたのだ。

 FCソウルのチェ・ヨンス監督は「川崎のFWはディフェンスの目線を外してくるので、かなり負担になる」と評価していたが、大久保嘉人と小林悠の動き出しが世界でも通用するレベルにあることは広く認められるところ。38歳の経験豊富なCBジェペスを中心としたコロンビアの守備陣をも困惑させることが予想されていた。

 勝負のポイントは中盤から後ろの選手が、彼らにどういう形でパスを通すか。絶対的な司令塔である中村憲剛にかかっているが、母国ブラジルでの大舞台に意気込む左MFレナトの仕掛けも明確なアクセントとして重要になる。一方で狡猾なコロンビアの攻撃を川崎F守備陣がどこまで抑えられるかも注目点だった。試合前、『君が代』の直後にはスタンドから『川崎市民のうた』が鳴り響き、イレブンも整列したまま合唱。なごやかな雰囲気に包まれた。

▼荒れた芝生の上で
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 クイアバのアレナ・パンタナールはやや荒れており、同会場でナイジェリアに敗れたボスニア・ヘルツェゴビナのスシッチ監督は「テクニカルなチームには難しい」と苦言を呈していたが、風間八宏監督は前日会見で「技術があれば芝の状態は関係ありません」と豪語し、同席したキャプテンの中村憲剛も「いろいろなところでサッカーをやってきたので問題ない。世界の舞台で川崎のサッカーを見せたい」と語った。

 コロンビアは膝を負傷したエースのファルカオが欠場し、スペインリーグで活躍したカルロス・バッカも太ももの肉離れでプレーできないこともあり、従来の[4-4-2]からハメス・ロドリゲスをトップ下に置く[4-2-3-1]に変更。1トップは当初グティエレスと見られたが、ペケルマン監督はジャクソン・マルティネスを起用した。

 コロンビアの先制点はそのジャクソン・マルティネスによってもたらされた。前半5分、右サイドバックの田中裕介が前方にパスを出したが、「最初は緊張して、ボールが足に付かなかった」と語る右MF森谷賢太郎のトラップが大きくなったところをアルメロにカットされてしまった。

 そこからハメス・ロドリゲスが素早くボールを引き出すと、右サイドを走るクアドラードにパス。登里享平が1対1で当たったが、「経験したこともない速さでした」という直線的なドリブルに振り切られ、ふわりと上がったマイナスのクロスにジャクソン・マルティネスがジャンプ一番で合わせる。GK西部洋平も必死に反応したものの、ワンバウンドしたボールは無情にもゴールラインを割った。

「空中戦では負けられないと思っていたけど、あの場面は僕とジェシが完全なボールウォッチャーになってしまった」とセンターバックの中澤聡太は悔しがるが、1点取られたら2点、2点取られたら1点プラスして4点を取り返すのが川崎Fのスタイルだ。「早い時間に失点してむしろ開き直れた」と語る中村を軸にボールを回し、バイタルエリアに迫った。

「一度サイドに起点を作ると、センターバックとボランチの間にスペースができるので、そこで嘉人と悠に通ればチャンスになると思っていた」と中村。サンチェスの激しいタックルを右後方にかわすと森谷に展開。ダイレクトでリターンされたボールを大久保が受け、その間に小林がサパタを引き付けると、レナトがカットインから左足で受け、2タッチ目でシュート。良い形だったが、鋭い反応に定評のあるGKオスピナに弾き返された。

 その後も川崎Fはバイタルエリアを立て続けに突き、攻勢を強めた。前半33分には大島僚太のロングスルーパスから小林がジェペスの裏を取り、右足でゴールネットを揺らしたが、判定はオフサイドに。カナリア色のユニフォームを着た地元のファンもすっかり”川崎びいき”になっていたが、いつもの迫力ある攻撃を出せていなかったのには理由がある。

「自分たちは最後は中で崩すけど、前半はもっとサイドバックが攻め上がってくれないと厳しかった。ノボリは正直、クアドラードにビビっていた感じ。ユウスケも慎重だったし。ハーフタイムで『もっと来ていいぞ』と言いました」(中村)

 実際、コロンビアはしっかり守備を固めながらトップ下のハメス・ロドリゲスとボランチのアギラールが起点となり、右MFクアドラードと左MFイバルボが交互に仕掛けてチャンスを作り出していた。前半42分などは「DFだから体を張るのは当たり前です」と語る中澤の懸命なブロックがなければ、ジャクソン・マルティネスに追加点を奪われていただろう。

▼波乱の後半、そして……
 しかし、後半の川崎Fは幅広くパスをつなぎながら、サイドバックが中盤の位置まで上がって攻撃陣を後押しした。森谷がアルメロに厳しいタックルを受けながらも粘り強く中に出すと、田中が一気に追い越して右足でミドルシュート。オスピナの好セーブに阻まれたが、その気迫が川崎Fにさらなる勢いをもたらした。

「川崎らしい崩しだった」と中村が振り返るシーンは後半16分。中央で中村、大島、大久保とつなぎ、相手の守備が寄ったところで左のレナトに出ると、サイドチェンジのパスを森谷が折り返し、サパタを一瞬外した小林のヒールパスから大久保がダイレクトの右足で流し込んだ。

「彼らは普通ならスペースがないと思われるところにスペースを見出しているようだった。知ってはいたが、本当に驚かされた」と敵将のペケルマン監督が賛辞を送るほどのスペクタクルな崩しで同点に追い付いたのだ。

 そこから川崎Fは大島に代えボランチに山本真希を投入。中盤を活性化させて素早いパスワークでコロンビアを翻弄することを狙うが、ペケルマン監督はイバルボを下げ、長身のアドリアン・ラモスを入れて2トップに変更してきた。中盤を省略して前線に当て、左サイドにシフトしたハメス・ロドリゲスとクアドラードからのクロスを多用してきたのだ。

 そこに前半は大人しかった攻撃自慢の右サイドバック・スニガも絡み、研ぎ澄まされた速攻を仕掛けたコロンビア。後半31分にはアギラールに代わってグアリンが入ってきた。個の能力ではチームでも1、2を争うタレントだが、チームの戦術に馴染めず控えに甘んじでいた選手である。しかし、川崎Fにも疲れが出てきたこの時間帯、この交代が大きな効果を発揮する。

 後半33分、強烈なミドルシュートで西部にギリギリのセーブを強いると、2分後には自らのドリブルで倒された位置からの直接FKがクロスバーを直撃した。「守備的に行くつもりはありませんでした。ただ、より攻撃を仕掛けるには彼のリスク管理が必要だった」と語る風間監督はボランチに稲本潤一を入れ、森谷に代わって中村が右サイドに移った。

 その稲本は的確なチェックでグアリンを封じる。中央に強力なフィルターを得た川崎Fは縦の2トップとサイドの2人が流動的に絡み、再び”らしい”崩しのコンビネーションを見せ始める。気温は31℃、湿度もかなりの高さに達する中で見せる川崎Fの攻撃には地元のファンも喝采をあげ、水色と黒のサポーターのボルテージも頂点に達した。

 そして迎えた後半42分、中村の鮮やかなスルーパスに反応したのは、大久保。センターバックの間を抜け、右足でゴールネットを揺らしたかに思われたが、ゴールラインのギリギリでアルメロがクリア。ルーズボールの奪い合いは山本のファウルでコロンビア側のボールとなった。

 新機能の”ゴールライン・テクノロジー”がオーロラビジョンに映され、惜しくもオンラインだったことが表示されていたその時だった。コロンビアは素早いリスタートから右でクアドラードが仕掛け、素早いグラウンダーのクロス。2トップが川崎のセンターバックを引き付けた手前からハメス・ロドリゲスがダイレクトで左足を振り抜く。これにはさすがの西部も動けなかった。

 土壇場で再び勝ち越しゴールを許した川崎は、FW森島康仁を前線に投入。ロスタイムにはジェシも攻め上がってゴール前に参加したが、189cmのバルデスを加えて5バックにして後方を固めたコロンビアのゴールを割ることはできず。試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

 風間八宏監督は「チャンスは多く作りましたけど、最後の3cm、4cmというところで精度が足りず、わずかに届かなかった。評価は皆さんがするものですけど、我々のサッカーを見せられたし、選手を誇りに思う」とサバサバした表情で振り返った。川崎Fの大いなる挑戦は日本のサッカーが持つ確かな可能性を示した一方で、勝負強さと決定力という課題をあらためて浮き彫りにする形で幕を閉じた。