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Jリーグに復帰した千葉戦と柏でのホームゲームで広がっていた光景は、スポーツ文化が根付いていることを感じ取れるシーンだった【熊本・池谷友良社長インタビュー】

クラブの関係性をも超越した"サッカーファミリー"の力強い結束があった。

熊本に本拠地を置くロアッソ熊本は、2016年4月に発生した熊本地震により、チームの活動停止をも経験した。しかし、全国各地のファン・サポーターや、Jクラブ、行政の支援もあって、5月15日J2第13節・ジェフユナイテッド千葉戦でJリーグ復帰を果たし、チームは最終的にJ2残留を勝ち取った。熊本が地震から立ち直る背景にはファン・サポーターだけではない、クラブの関係性をも超越した”サッカーファミリー”の力強い結束があった。今回の特集では2017シーズンの開幕を前に、熊本の”現在地”や当時の話など、熊本の番記者・井芹貴志氏が池谷友良社長にインタビューを敢行した。

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▼さまざまな支援への感謝

—-昨年はチームとクラブの両方に熊本地震の影響があったと思いますが、経営面でプラスになったこと、マイナスになったことはどんな点だったのでしょうか?

池谷:基本的には全部マイナスですよ。でも最終的な決算としては恐らく、黒字で終われる見込みが立っています。それは何かと言うと、全国からの支援金によってプラスに転じているということ。それを良かったことと言ってしまうのは違うのですが、各方面から支援金をいただいた結果として、そういう収支になっています。支援金が約6,000万円ですから、それを抜きにすると6〜7,000万円の赤字ということです。支援の一部として、遠方からもグッズやチケットを購入していただいて、グッズやチケットの売上としては前年比で10%程度増えていますので、実質的な赤字は4,000万円くらいかもしれないですね。代替日程になった分に関しては、リーグからの補填もありますが、いろいろな面で地震の影響は大きいものがありました。

—-多数のJクラブやサポーターからもさまざまな支援がありましたが、その中でもどういう協力がありがたかったと感じていますか?

池谷:まずはチーム周りのことです。震災直後は試合ができない状況でしたし、いろいろな提案、例えばキャンプの誘致やスタジアムの提供など、そういうことが当然、一番ありがたかったと感じています。試合ができる環境作りに皆が協力してくれたことが本当にありがたかったし、試合には多くの方々が来てくれました。これが一番感謝することでしょう。それによってグッズやチケットが売れて、利益が出た部分もありましたから。

▼Jリーグへの提言

—-ホームスタジアムも7月3日のセレッソ大阪戦から使用できるようになるなど、行政のサポートもありましたね。

池谷:実際の県の計画では、熊本でのホーム開催までもっと長く時間がかかる予定でした。とにかく、「いつからホームゲームをやるのか」を決めないといけなかった。Jリーグに復帰する日を決めて、それに向かって動いていきました。その中には、通常考えれば無理ではないかと思えるようなこともありましたが、熊本県の絶大なる支援で予定より早くホームゲームを開催できる日が決まったので、それに向けて動き出したと。例えばスタンドなど、平常時であればもう少し良い環境でやらせたいということで、さらに1カ月、2カ月と伸びてもおかしくなかったと思うんです。Jリーグとしては、無観客試合でも日程をこなしてほしいという考えもあったと思います。

最初のホームゲームを柏でやると言った時には、「ファンやサポーターのことを考えているのか」という意見もありましたし、「補助競技場でやったらどうだ」という案もありました。Jリーグとしても、1クラブだけリーグ戦ができないという前例がないから、とにかく早く復帰させて、リーグをスムーズに進めたいという意向もあったと思うんです。

実際、ウチのクラブに寄り添っていろいろなサポートをしていただきましたが、それと同時にリーグを守らなくてはいけない立場でもあります。この件に関しては提案も含めて実行委員会でも発言させてもらったのですが、やっぱりあの状況でリーグを戦っていくことは並じゃない。経営のほうもなんとかうまく着地しそうですし、感謝の思いはもちろんあります。ですがやはり、残留できたのであえて言いたいと。

—-どういう提言をされたんでしょうか?

池谷:今後のJリーグの対応として、1チームだけ過密日程を強いられるのは平等性が担保されないし、そういう中で降格・昇格があるのはどうなんだと。仮に降格するようなことがあれば、クラブによっては潰れる可能性もありますよと。それはルールがないから仕方なかったけれど、今後同じようなことが起きないとも限らないわけで、ウチと同じようなことが起きても良いんですかという話になりますよね。

ウチはそれでやったわけですが、1チームだけ中断して、再開後に飛んだゲームを入れて、どんなに過密になってもやるという話なのか。やはりそのあたりの救済措置というか、そういうルールがないので、これは作ったほうがいいんじゃないかということですよね。それを作らないんだったら、われわれは「オレらはやったんだ」と常に言いますよと。それはリーグとして真剣に考えるべき問題の一つですし、良いチャンスだと思いますという提案はしています。それについては今季、きっちりと話をしていきたいということは、チェアマンからも回答をもらっています。

—-選手も外へ出てさまざまな活動をしましたが、いろいろな形でサポートを受ける、あるいは支援活動をする中で、特に胸に響いたことや印象に残っていることはありますか?

池谷:印象に残っているのは、やはりリーグに復帰したジェフユナイテッド千葉戦と、ホームゲームとして柏で開催した水戸ホーリーホック戦ですね。あのスタンドの光景を見た時には熱くなるものがありました。やっぱりJリーグができて、100年構想の理念が根付いているというか、Jリーグが生まれて良かったということが証明された日だったんじゃないかと思うんです。

単なるサッカーの試合ではなくて、スポーツ文化のようなものが根付いていることを感じ取れるシーンだったと思います。いろいろな人が来てくれて、柏でのゲームのお客さんのうち、8割くらいは熊本以外のお客さんだったわけじゃないですか。Jリーグのあるべき姿を見たというか、100年構想も含めて、そういうものを願ってプロリーグを作ったと思うんですよ。サッカーだけにとどまらない、スポーツの良さをあらためて感じるシーンだったと思いますね。
(後編「地震から1年が経過する4月16日のホームゲームは、”サッカーファミリー”に感謝の気持ちを伝える日にしたい」)

井芹 貴志(いせり・たかし)

1971年熊本県生まれ。タウン誌編集者を経て2005年よりフリーとなり、ロアッソ熊本(当時:ロッソ熊本)の取材を開始。2008年以降、Jリーグ登録フリーランスライターとしてJリーグ公認ファンサイトJ’s GOAL、サッカー新聞「EL GOLAZO」、サッカー専門誌などに寄稿。タグマにて、webマガジン『kumamoto Football journal』を展開中。