アジア戦法に徹した中国戦。謎多き米倉恒貴左SB起用は『あり』だったのか?
戦術家のマエストロ・西部謙司が代表デビュー戦となった米倉恒貴というフィルターを通し、最終戦・中国との一戦に迫る。
▼米倉恒貴、左SBの怪
ようやく出番が来た米倉恒貴が左SBだったのは驚いた。
右の丹羽もCBが本職である。メンバーを見た時点では、右から米倉、丹羽大輝、森重真人、槙野智章かと思っていた。
ジェフユナイテッド千葉在籍時代の米倉は、なかなかポジションが定まらない選手だった。技術も走力もあるアタッカーなのだが「これ」という居場所を見付けられなかった。右SBへコンバートされたのは、高橋峻希の負傷がきっかけである。SBで使ってみたら持ち前の馬力と強いキックがハマり、レギュラーポジションを確保。米倉のクロスからケンペスのヘッドは千葉の得点パターンになっていった。
一方で、攻撃に出る思い切りが良過ぎて、米倉が上がった裏のスペースはたびたび対戦相手から狙われていた。諸刃の剣としての”ヨネ裏問題”はチームの課題でもあったわけだ。ただ、当時から日本代表になるかもしれないというスケール感はあった。
スプリントが速く、スピードを落とさず強いキックができる。上下動を繰り返せる。もともと攻撃的MFあるいはFWなので攻撃のセンスもある。ただ、それは右サイドでの話。左の米倉は見たことがなかった。
中国戦では槙野からのパスを引き出し、左足の低いクロスボールで武藤雄樹のゴールをアシストしている。これだけ見れば、米倉の左サイドはアリのように思えるが、果たしてそうだろうか。
▼低過ぎるSB
中国戦の日本は3試合の中では最も出来が良かった。ただ、ポゼッションして”間”を狙い、失ったら前線からプレスという戦い方は従来どおりの対アジア戦法であり、それで中国と1-1という結果では「収穫」とは言えない。この大会での課題はW杯用の堅守速攻だったと思うが、そちらのほうはまったくと言っていいほど機能しなかった。
中国戦では後方でボールを回し、中国の守備ブロックの隙間に後方からパスをつなぐことができていた。しかし、これは中国の守備があまりうまく機能していなかったことが大きいと思う。
ビルドアップ時のSBのポジションが低いことは気になった。ほぼ森重、槙野と並ぶぐらいの高さにいた。あれでは少し機能性の高い相手にプレスをかけられたら、たちまち行き詰まってしまっただろう。右の丹羽はともかく、米倉としてはかなり低いポジショニング。いつもと違う景色でのプレーに慣れなかったからだろうか。
得点は、森重と槙野がパス交換で中国の一人だけのマークを外し、槙野がまったくフリーで持ち上がって米倉へパスを通している。森重と槙野が時間を作ってくれたので米倉が高いポジションを取れたわけだが、右サイドだったらもっと早く前に出ていたように思うし、あのような形を何度も作れたのではないか。
とはいえ、中国戦の米倉は攻守に効いていて良いプレーをしていた。次も呼ばれる可能性はありそうだ。ただし、次回はぜひ右サイドで起用してもらいたい。
左SBは左利き、あるいは後天的な左利きのポジションである。右足にボールを置いてしまう左SBでは、左タッチラインを有効に使えないからだ。そして米倉は右足側にボールを置く選手である。所属クラブと代表で起用されるポジションが違うのは構わない。だが、左SBだけは別だ。
▼ターゲットマン不在
話は今大会の課題だったW杯用の堅守速攻の話に戻るが、北朝鮮、韓国との試合で堅守速攻が不発だった大きな要因として、ターゲットマンの不在が挙げられる。中国戦で先発した川又堅碁は相変わらずボールがあまり収まらず、適性のある興梠慎三も韓国戦では孤立して苦しかった。興梠が中国戦の後半で機能したのは、ロングパスをキープするのではなく、相手のラインの間で短いパスを受ける形だった。
基本的にターゲットマン不在でカウンターは形にならない。とはいえ常に例外というものはあって、例えばサンフレッチェ広島はターゲットプレーヤーのタイプではない佐藤寿人でカウンターの形を作れている。ターゲットマンに収めて押し上げるのではなく、奪ったボールを自陣からショートパスをつないで押し上げる。深い場所からつなぐのはリスクもあるが、GKも使いながらうまくプレスを外している。
ロンドン五輪の永井謙佑のように、スペースに蹴って拾わせるという方法もある。東アジアカップでも、むしろ永井を1トップにしたほうが機能したかもしれない。
▼ビルドアップ力の不足
ビルドアップ力の不足も今大会では気になった。
堅守速攻ならビルドアップは関係ないと思われるかもしれないが、ロングカウンターだけではうまくいかないものなのだ。
自陣に引いて守っているのだから縦に速い攻撃が主体となる。しかし、速く攻めればボールは速く戻ってくるもので、それではいつか戦列が伸びてしまう。打ち合って勝てる自信満々ならともかく、「いつでも速攻」は自壊を早めるだけだ。
ずっと自陣でプレーしていれば致命的なミスの発生もあり得るし、北朝鮮戦のようにハイボールの集中攻撃を招くことにもなる。速攻をあきらめても、パスをつないで相手をいったん押し返す攻撃は何回かやらなくてはならない。一度押し返してしまえば、今度は高い位置で守備をすることもできるので、そこで奪えれば有効なカウンターも打てる。
ポゼッション型、堅守速攻型とは言うものの、いずれもずっとそれだけというわけにはいかない。どちらに軸足を置くかというに過ぎないわけだ。今回はおおむね堅守速攻を軸にしたメンバー構成だった。それで比較的うまくいったのがポゼッション型という皮肉な結果が出たわけだが。
西部謙司(にしべけんじ)
1962年9月27日、東京都生まれ。「戦術リストランテⅢ」(ソル・メディア)、
「サッカーで大事なことは、すべてゲームの中にある2」(出版芸術社)が発売中。ジェフユナイテッド千葉のマッチレポートや選手インタビューを中心としたWEBマガジン「犬の生活」を展開中。http://www.targma.jp/nishibemag/