J2は殺伐楽しい。魔境の指揮官たちは、今季も魔物とダンスを踊るのか
第1回はいきなりJ2。この魔境のリーグを愛してやまぬ大分の名物番記者ひぐらしひなつが指揮官目線でリーグを語る。
▼スタープレーヤーが続々と降臨
J1には「ビックリ降格枠」なるものがあって、「まさかアナタが!」とのけぞるようなチームがしばしば憂き目を見る。その結果J2では、ライトなファン層にも馴染み深いスタープレーヤーが”俺たちのホーム”にやって来るという、ちょっとした祭状態が引き起こされたりもする。12年にはG大阪、13年には磐田がこの枠に収まり、遠藤保仁や前田遼一らを観ようと、普段とは違った客層がスタジアムに詰めかけた。
今季はその祭がスケールアップしている。昨季のビックリ降格枠にC大阪が転がり込んだおかげで、ディエゴ・フォルランとカカウがJ2でプレーすることになった。日本代表ばかりかウルグアイ代表とドイツ代表の参戦により、J2のワールドクラス化が一気に進んだのである。
もちろん降格にはそれ相応の要因があって、いかに大物を並べようとも組織が機能しなくては勝てないのがサッカーだ。マネジメント・ミスが招く負の力が戦力を上回ったとき、転落への加速を止めるのは難しい。昨季J1でその一部始終を見守ったC大阪サポーターの心中も思いやられる。
それでも、人口十数万レベルの地方都市の簡素なスタジアムで世界的プレーヤーが躍動するという得難い機会を、観る側も興行する側も、大事にしてほしいと思う。小さな町クラブの少年・ミーツ・スーパースター。新たな芽吹きのきっかけとなったら最高だ。
スタープレーヤーが在籍するのは降格チームだけではない。育成志向と強化費縮小により世代交代の進むなか、下位カテゴリのチームへと移籍する経験豊富な選手も多い。J3創設がその流れに拍車をかけた感もある。14年の岐阜は、Jリーグ草創期の立役者・ラモス瑠偉を指揮官に据えたのを筆頭に、川口能活や三都主アレサンドロといったビッグネームを取り揃え、年間観客数を前年の95,032人から159,259人へと引き上げた。今季は岡山が、海外のリーグに流れていたベテラン・岩政大樹と加地亮を獲得。札幌も昨季の小野伸二に続き稲本潤一と契約するなど、これまではJ1のステージで活躍した代表クラスのプレーヤーが、続々とJ2のピッチに降臨することになった。
そういったネームバリューがライト層の集客に一役買うことは確かだが、彼らは単なる”客寄せパンダ”ではない。経験に裏打ちされた懐の深さや精神的支柱としての役割がチームにもたらす価値は多大だ。華やかな脚光を浴びたことはなくても、玄人好みの燻し銀プレーヤーが、ああ、ここにいたのか、と唸らせてくれたりもする。プレーのクオリティが上がれば、ゲームはますます楽しくなる。
▼個性豊かな名物指揮官、そろい踏み
とは言っても、総合的な力量ではやはりJ1には及ばない。プレーオフ下位からJ1昇格したチームは例年、そこそこ内容の良いサッカーをしながらもじわりと力の差を見せつけられる。パスやトラップ、シュートの技術。瞬時の判断力とイマジネーション。様々な要素でのわずかずつの差が、骨格の細さを浮き彫りにしてしまうのだ。
J1に比べて「ボールを預けてしまえば後は何とかしてくれる感」を持つ選手が圧倒的に少ないぶん、J2のリーグ戦ではチーム戦術が際立って見える。ある指揮官は料理に喩えて言う。「腕利きのシェフが平凡な食材を一流の料理に仕立て上げるように、スーパーな選手のいないチームを強くする工夫は監督の腕の見せどころ」。資金が潤沢でなく存分な戦力補強ができない環境に置かれてむしろ燃えるように、J2チームの監督には研究熱心な理論派が多い。
今季はJ2の現場を去ったが、昨季まで群馬を率いた秋葉忠宏氏(U-21代表コーチ)や富山で監督を務めた安間貴義氏(FC東京トップチームコーチ)らは、なかなか勝てない苦境において、選手起用やシステム変更、試合展開を読んでの駆け引きなど、細やかな試行錯誤でサッカーを楽しませてくれた。
今季も個性豊かな面々がテクニカルエリアを賑わせる。昨季9月に就任し今季は開幕から磐田を率いる名波浩監督。スカパー!解説できらめかせた戦術眼をピッチに落とし込む手腕が楽しみだ。こちらもシーズン当初からの指揮に意欲をみなぎらせる札幌のバルバリッチ監督。ロジカルにしてメンタル面での要求も高く、現在の愛媛のベースを築いた。そのベースを受け継いだ石丸清隆前監督(京都トップチームコーチ)の後任には木山隆之監督。この人も数々の修羅場を経験している。
J2降格はまぬがれなかったが、昨季終盤には堅実な立て直しを見せた大宮の渋谷洋樹監督も、派手さはないが長い下積み経験を持つ実力派だ。協会直結のアカデミックな理論で熊本の躍進を期すのは小野剛監督。昇格請負人こと徳島の小林伸二監督や千葉の熱血漢・関塚隆監督、引き続き北九州と水戸で兄弟対決を繰り広げる柱谷幸一・哲二両監督らお馴染みの名物指揮官も、それぞれの哲学を誇る。
さらに福岡で井原正巳氏、岡山で長澤徹氏、群馬で服部浩紀氏が監督デビューを飾る。昨季9月から東京V監督に就任した冨樫剛一氏も、Jでの監督キャリアを重ね始めたばかり。指揮官それぞれのパーソナリティを踏まえて継続的に見守れば、チームの変化がつぶさに見えて、また面白い。
▼世界の潮流はJ2にも流れ込んでいる
例年以上の厳しさが予想される今季は、ことさらに開幕前から指揮官たちの試みが漏れ聞こえてくる。守備構築に力を注ぐチームが目立つのは、貪欲に勝ち点にこだわる意識の表れだろう。複数システムを使い分けるなどオプションを増やして臨むと話すのは、京都の和田昌裕監督と大分の田坂和昭監督。勝負の機微を前面に出した、よりリアルで細やかな采配の妙を見せてくれそうだ。
さらに「縦に速いサッカー」を標榜するチームが増えていることも注目ポイントの一つ。昨年のCL準々決勝でアトレティコ・マドリーがバルセロナを下したり、ブラジルW杯でヨーロッパ勢が苦戦したりするのを見て胸を踊らせたり痛めたりしながら、サッカーにおける価値観はポゼッション至上主義から大きくシフトしてきた。守備を崩す攻撃と攻撃を封じる守備のいたちごっこのなかで、勝利をつかむために編み出されていく次なる戦術。われらがJ2の指揮官たちも世界最先端の潮流を息を詰めて見守っては、自軍の戦術に落とし込むべく研究を怠らない。理想と現実のはざまで育つ美学と美学との戦いは、プレミアやリーガと違わずここ日本の2部リーグでも、激しく火花を散らしているのだ。
ただし戦術とは、プレーヤーの特長と作用しあい、ピッチで具現化されて初めて成立するもの。いかに高邁な理想や譲れぬ美学をもって臨んだとしても、それが勝利というかたちで結実するとは限らない。結局はゴールを割られずに多く得点を奪った者がゲームを制するわけで、どんな不細工なゴールでも1点は1点だ。ストイックにサッカー道を極めようとする指揮官たちが、そんな”フットボールの魔物”に弄ばれる様子も、人生そのもののようで実に味わい深い。
今季もいよいよ開幕。
殺伐として楽しいJ2へ、ようこそ。
ひぐらし ひなつ
大分県中津市生まれ。福岡や東京で広告代理店制作部に勤務し、いつしか寄る辺ない物書きに。07年より大分トリニータの番記者となり、オフィシャル誌『Winning Goal』などに執筆。12年シーズンよりサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』大分担当も務める。戦術論から小ネタまでの守備範囲の広さで、いろいろとダメな部分をカバー。著書『大分から世界へ~大分トリニータ・ユースの挑戦』(出版芸術社)。