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吉田達磨スタイルの申し子・茨田陽生。今季の柏レイソルは、”入口のカギを持つ男”次第である

育成年代で吉田達磨新監督の薫陶を受けて育った今季のキーマンの現在地に、柏レイソルを追い続ける鈴木潤が迫った。

3月の開幕に向けてJリーグ各クラブのキャンプは最終段階、あるいは打ち上げて次の段階へと入っている。今週の『J論』では、このキャンプへ実際に足を運んだ取材記者に”今季のイチ押し選手”を挙げてもらった。第3回目は今年23歳になるアカデミー育ちのボランチ、茨田陽生(あきみ)を取り上げる。育成年代で吉田達磨新監督の薫陶を受けて育った今季のキーマンの現在地に、柏レイソルを追い続ける鈴木潤が迫った。

2013年天皇杯決勝の茨田(右)。今季はこのレアンドロを操る存在として中核を担う

▼”このサッカー”をやるからには
 今年1月のチーム始動時、茨田陽生は明らかに昨年までとの変化を感じさせていた。例年は「試合に出る」、「1ゴール1アシスト」といった控え目な目標しか口にしなかった彼が、今年に限っては少々違った旨の発言をしたのだ。

「僕はもう若手じゃありません。全試合出場を目標にして、このサッカーをやるからこそ必ず結果を出したい」

 茨田の言う「このサッカー」とは、アカデミー時代の師にして、今シーズンからトップチームの指揮官に就任した吉田達磨監督が目指す、「自分たちがボールを保持する攻撃的なスタイル」のことである。

 茨田が吉田監督と出会ったのは、今から12年前の2003年。吉田監督は柏アカデミーのコーチを務めており、茨田は柏U-12でプレーする小学6年生だった。

 現在のプレースタイルからは想像がつかないが、当時を振り返る茨田は自虐的に「今の自分にはないドリブルを持っていた」と話している。小学生時代の茨田は、ボールを持ちたがるドリブラーだったのだ。

 その後、柏U-15へ籍を移した茨田は、工藤壮人、武富孝介、酒井宏樹(現・ハノーファー)ら一つ上の年代のチームに加わった。そこで武富や比嘉厚平(現・モンテディオ山形)に比べ、自分のドリブルが柏U-15ではまるで通用しないレベルであることを痛感させられる。だが、それこそが茨田がパサーとして開眼する第一歩だった。

 柏U-15での吉田監督の指導により、わずかなパスコースの違い、微妙なパススピードの変化が、サッカーにおいてどれほど局面を変える重要なものなのか、あるいは味方の右足に速いパスを通せば、それは左から相手がプレッシャーに来ているというメッセージを味方に伝えることができるなど、パスの奥深さとパス出しの楽しみを覚えた茨田は、パサーとしての能力を飛躍的に開花させていく。

▼感じ取った期待の強さ
「達磨さんがいなかったら、僕はサッカー選手になっていなかったかもしれません」

 そう言い切るほど、茨田にとって吉田監督は、まさしく”恩師”と呼べる存在である。その師が、今シーズンからトップチームの監督に就任した。前任のネルシーニョ監督からもその素質を見込まれ、試合に起用されてきた茨田ではあるが、フィジカルベースのネルシーニョサッカーの中では、自分のパスセンスをどう生かしていいのか悩むことも多く、才能の片鱗を度々披露しながらも、好不調の波の激しい5年間を過ごしていた。そんな彼の苦悩が、冒頭に述べた控え目な目標を口にする原因になっていたのかもしれない。

 ではなぜ、今年から茨田の心境に変化が表れたのか。それは単に恩師の監督就任だけではなく、吉田監督が期待を込めた無言のメッセージを茨田自身が感じ取ったからだと見ている。まず、背番号20から8への変更は、吉田監督の意向だ。これには間違いなく、「若手から主軸へ」という監督のメッセージが込められている。

 そして、吉田監督の採用する[4-3-3]のシステムにおいて、中盤トライアングルの底に入るアンカーはチームで最もボールに触れる回数が多いポジション。このため、ゲームをコントロールできる能力と、類稀なパスセンスが要求される。そのポジションは今季、茨田に託された。アカデミー時代から吉田監督の下でプレーしてきた茨田にとって、このサッカーでアンカーを務めることの重要さは、口に出して言わなくても十分に理解している。

 キャンプからAFCチャンピオンズリーグのプレーオフに至るまで、柏は5つの練習試合をこなした。そのうち2試合は非公開になっているが、少なくとも鹿屋体育大、鹿児島ユナイテッド、横浜FCとの3試合を見た限りでは、周囲の味方からボールを引き出し、ゲーム全体をコントロールしながら、攻撃陣へパスを供給する茨田は、完全に”吉田達磨サッカー”の心臓部となっていた。

 吉田監督は、CBとアンカーによるビルドアップのスタートを”入口”と称する。それを踏まえ、茨田は自分自身の役割をこう話している。

「練習試合を5試合やって、その”入口”のをみんなで共有しながら、どう攻撃をスタートさせるかというのは、実戦の中でやってきました。僕がその”入口”のところでカギを握れればいいと思います」

 今シーズンから、柏には大津祐樹、クリスティアーノが加入し、工藤、レアンドロとともに強力な攻撃陣を形成する。このタレントを生かすも殺すも、茨田次第だ。さらに言えば、自分たちがボールを保持して攻撃的なサッカーを展開する吉田監督の戦術では、核となるアンカーが機能しなければ、このサッカー自体が成り立たない。

 今シーズンの柏の浮沈のカギは、茨田が握っている。そう言っても、過言ではない。

鈴木潤

1972年生まれ、千葉県出身。一般会社員を経て、2002年にフリーライターへ転身。ユース年代を取材する傍ら、2003年から柏レイソルの取材を開始する。現在はクラブオフィシャルのライティングをはじめ、J’s GOALの柏担当を務め、2度の降格と4年連続の優勝という激動の時期を取材。また、2014年7月より自身の責任編集による有料ウェブサイト『柏フットボールジャーナル』を立ち上げ、柏に関する情報を日々発信中。