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監督交代は誰の意向か? 急転直下の深層に見え隠れした未来への危険因子

宇都宮徹壱は急転直下の解任劇にある種の危うさを見て取った。

ハビエル・アギーレ監督が解任された。アジアカップの早期敗退を巡る引責ではなく、あくまで「八百長疑惑」による日本代表チームへの悪影響を懸念しての交代だった。果たしてこの決断はどう見るべきなのか。今週の『J論』では複数の識者があらためてこの問題に切り込む。宇都宮徹壱は急転直下の解任劇にある種の危うさを見て取った。

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(C)宇都宮徹壱

▼あれは突然の翻意だったのか
「昨夜(2月2日)、スペインの検察の告発が受理されたという事実が確認されたため、6月から始まるW杯アジア予選への影響を考慮して、契約解除を決断しました」

 このたびのハビエル・アギーレ監督の「契約解除」(JFAは「解任」という言葉を頑なに避けている)について、2月3日の緊急会見に臨んだ大仁邦彌会長は、このように説明している。解任の理由は八百長疑惑でなければ、アジアカップがベスト8に終わったことでもなく、あくまでも「W杯アジア予選への影響」。そのことを何度も強調していたことに、逆に引っかかるものを感じた。

 ありていに申せば、今回の大仁会長の決断に、私はある疑念を抱いている。というのも、日本がアジアカップ準々決勝でUAEに敗れた直後、会長は「アギーレ続投」を明言しているからだ。そしてもうひとつ、検察が告発を受理されていたのは「1月30日だったと聞いている」という三好豊法務委員長の発言でもまた、疑念に拍車をかけることとなった。

 実のところJFAは、2月2日以前にこの事実をつかんでいたのではないか。そして契約解除の決定に至るまでの間に、「アギーレ続投」という会長の決断を覆す”何か”があったのではないか。もしそうなら、1月31日に放映されたNHK『サタデースポーツ』に生出演していた原博実専務理事が、アギーレの進退に関して実に歯切れの悪い受け答えをしていたのも合点がいく。

 大仁会長をして、アギーレとの契約解除を決断せしめたものは、本当に「告発が受理された」という理由”だけ”だったのか。たとえばそこに、スポンサーや代理店などからのプレッシャーはまったく含まれていなかったのだろうか。今回の解任騒動を受けて、後任人事と同じくらいに私が着目しているのは、まさにその一点であった。

▼”受け”の悪かったアギーレ
 建前論で言えば、スポンサーや代理店はチームの強化に関すること──たとえば人事や方針やスケジュールなどについて、何ら口出しできる立場にはない。だが、彼らがまったく影響力を行使していないのかと問われれば、決してそう言い切れない事象が現実に起こっていることも留意すべきだろう。

 たとえば昨年のW杯を思い出してほしい。日本の初戦(対コートジボワール戦)、キックオフ時間が当初19時だったのが、いきなり22時に変更されたことがあった。W杯の全64試合で、これほど深い時間に試合が行われたのは、このカードが唯一である。

 選手やスタッフにとって(そして現地で観戦するサポーターやわれわれ取材者にとっても)、まったく有難くないこの時間変更は、なぜ断行されるに至ったのか? 当然そこには、日本でのテレビ中継が午前7時よりも10時のほうが望ましいと考える人々の「意志」が働いた、と考えるのが自然だろう。ついでに言えば、同大会で日本のキャンプ地がイトゥとなったのも、キリンの現地法人があったことと決して無縁ではなかったはずだ(そのおかげで日本は、グループリーグで32カ国中4番目に長い距離の移動を強いられることとなった)。

 最近の報道によるとJFAは、キリングループと8年契約で120億円、アディダスと4年契約で85億円、それぞれ新たなスポンサー契約を締結したそうである(金額はいずれも推定)。こうした潤沢なスポンサー料が、代表強化の源泉となっていることは紛れもない事実であり、そのことについてはいちファンとして大変有難く思っているし、感謝もしている。

 しかしながら、もしもこうした膨大なスポンサー料がネガティブな要素に転化し、ためにプレーヤーズファーストの原則が損なわれてしまったのであれば、それこそ本末転倒であると言わざるを得ない。われわれサッカーファンは、断固として「否!」の声を挙げるべきである。

 アギーレ解任に話を戻す。スポンサーや代理店からすると、アギーレという指揮官は彼らにとって、非常に「扱いにくい存在」であったと察する。たびたびCMに起用されていた前任者と比べると、その差は一目瞭然。ザッケローニと比べるといかにも悪人面だし、ザッケローニと比べるとあまり親日家という感じでもないし、ザッケローニと比べると一般受けするような選手起用もしない(シンガポールで行われたブラジル戦は、まさにその典型であった)。

 しかも今回の大々的な八百長疑惑報道によって、当人はまだ起訴もされていないのに、すっかりダーティーなイメージが定着してしまった。アジアカップの地上波放映権を持っていたテレビ朝日が、番宣用のポスターからアギーレを外したのも、そうした負のイメージを持ち込まれたくないという判断が働いたと見て間違いないと思う。

▼後任人事がポイントだ
 一方のJFAもまた、一連の八百長疑惑騒動の際には、そうとうにスポンサーに神経を遣っているように感じられた。昨年12月に行われた、原専務理事やアギーレの釈明会見をTVでご覧になった方はお気づきになったと思うが、会見で使用されたブルーのボードにはスポンサーロゴが一切入っていなかった。

 余談ながらアギーレの後任人事に関して、大仁会長が「3月の試合までには決めたい」と発言していたのも、やはり冠スポンサーを意識してのことだろう。もちろん組織のトップとして、そうした配慮をしなければならない立場にあることは理解する。だが、スポンサーの顔を立てるために後任人事を急ぐというのであれば、これまた本末転倒であると言わざるを得ない。

 さすがに後任監督の選定については、外野の意向が入り込む余地はないとは思うし、そう信じたい。だが、今回のアギーレ解任騒動によって、スポンサーや代理店の発言権が強まっている可能性は決して否定できないのではないか。あえて誰とは言わないが、若くてルックスもよくて、現役時代は華麗なプレーで人気を博し、Jリーグでのプレー経験もあって親日家という、いかにも代理店が好みそうな人物が次期監督に選ばれたなら、われわれは注意する必要がある。

 いささか逆説めいた結論を述べるならば、今回の監督人事は日本のサッカーファンのリテラシーが試される、またとない機会と捉えることもできよう。

宇都宮 徹壱

写真家・ノンフィクションライター。1966年生まれ。東京出身。 東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、1997年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」 をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)は第20回ミ ズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。2010年より有料メールマガジン『徹マガ』を配信中。http://tetsumaga.com/