J論 by タグマ!

昇格へ。名波ジュビロの活路は「相反要素」の両立にあり!?

元サッカーマガジン編集長・北條聡が、「名波目線」でこの戦いを考える。

J2の3位から6位が「あと一つ」の枠を巡って競り合うJ1昇格プレーオフ。今季は北九州がライセンス問題で出場できず、3チームによる変則トーナメントとなった。果たして最後の一枠を埋めるチームはどこになるのか。11月30日のジュビロ磐田とモンテディオ山形の対決に始まり、12月7日の味の素スタジアムに行われるジェフ千葉との決戦で極まるこの戦いを展望してみたい。二番手となる元サッカーマガジン編集長・北條聡が、「名波目線」でこの戦いを考える。

▼3位からも転落、6戦未勝利の「落第」
 2勝5分2敗=勝ち点11。得点11、失点11=得失点差ゼロ。

 名波浩新監督を迎えたジュビロ磐田のラスト9試合における戦績だ。指揮官の初陣となった愛媛戦を見事に白星で飾ったものの、ラスト6試合は5分1敗。J1自動昇格(2位以内)への望みを絶たれた上に、昇格プレーオフ圏内のてっぺん(3位)からもすべり落ちてしまった。実に1カ月以上も勝利から見放されたままレギュラーシーズンを終え、運命のプレーオフを迎えることになった。

「まったく物足りない。想定していた数字にまったく届いていないし、落第もいいところ」

 名波監督は就任以降の戦績について率直に「ストレス」と語ってもいる。

 松本山雅の自動昇格が現実味を帯びた段階から、一戦必勝のトーナメントモードに気持ちを切り替えて残り試合に臨んでいたが、肝心の結果がついてこなかった。札幌との最終戦を終えた後、名波監督はプレーオフに関する見通しを問われ「2試合とも『勝ちに行く』試合をしなければいけない。移動からの休みを含め、ゆっくり考えたい」と話すにとどめた。

▼「時間切れ」の課題。苦杯をなめた前からの圧力
 名波監督は極端に針の振れてしまう指導者ではない。現役時代から相反する二つの要素を取り込むバランス感覚に卓越していた。

 結果か内容か――。この手の二者択一とは無縁である。現実を直視しながら、いかにして理想との折り合いをつけるか。その一点に考えをめぐらせているはずだ。自ら指揮を執った9試合の戦いぶりを振り返りながら『収穫と課題』の双方を整理し、チームに落とし込むべきポイントをあぶり出すだろう。

 監督就任の際、各選手に落とし込んだポイントは4つある。

(1)トランジション(攻守の切り替え)
(2)セカンドボールの予測
(3)コミュニケーション
(4)シュートの意識

 戦績が物語るとおり、4項目いずれも満足のいくレベルには達していない。名波監督が試合のたびに口にするのが「枠内シュート」の物足りなさだ。シュートを含め、アタッキングサードの質を高めるトレーニングを繰り返してきたというが、おいそれと身に付くような代物ではないのも確かである。限られた時間の中で、劇的な改善は望むべくもない。

 最前線に前田遼一という国内屈指のストライカーを擁しながら、フィニッシュとそこに至るプロセスそのものに課題アリという意味で、指揮官の理想とはほど遠い状態にある。相手にがっちり引いて守られた際の「崩し方」も課題なら、逆に前から圧力をかけられた際の「かわし方」にも問題がある。

 大分、山形に屈した二つの敗戦は象徴的で、球際の争いで激しくファイトするアグレッシブなプレスの前に、ポゼッションが空転した結果と言ってもいい。縦パスというエサに食いつかせて裏を取るのが理想なら、肝心のエサを食われてしまうのが現実か。その恐怖心からか、勝負パスを回避する悪循環にも陥っている。

▼哲学を貫く覚悟と「臨機応変」の余白
「我々は『リアクションサッカー』をやるつもりはない」

 いかにも名波監督らしい「宣言」である。J2特有の相手の持ち味を消す戦い方は二の次、三の次という考えだ。自分たちの掲げるサッカーを貫く覚悟だが、いつ、いかなるときも己の哲学に執着する原理主義者でないところがミソだろう。状況次第では異なる戦い方へ転じることも厭わない。本人も「常に柔軟な考え方を持ちたい」と話している。

 実際、指揮官の『臨機応変』の片鱗は札幌との最終戦でも見え、そして実を結んでもいる。貴重な同点ゴールをもたらしたパワープレーがそうだ。それまでほぼ試みたことのない飛び道具である。名波監督は「せっかく空中戦に強い選手(フェルジナンド)がいるのに(高さを)使わない手はないので」と明かした。無論、思いつきではない。有事に備え、秘かにテストしていたという。このあたりの抜け目なさが、ナイーブな理想主義者とは違っている。

 本音を言えば、プレーオフまで飛び道具を隠しておきたかったか。チーム戦術の習熟に力を注ぎつつ、事態が暗転した際のバックドア(非常口)を用意しておく。理想と現実、どちらも手放さない名波監督のスタンスらしい。選手の起用法にしても理想に縛られないドライな感覚をもっている。

 いくら相性抜群のペアやユニットがいても、心身のコンディション(状態)が黄信号なら、アクセルを踏まない――。各々のバイオリズムを考慮に入れ、状態の上向いた選手を優先する。これも本人の考え方だ。

▼理と情の活用。戦=×、闘=○
 短期決戦では「思わぬ伏兵」「意外な名前」が飛び出すケースが数多い。リーグ戦における実績、統計学が必ずしも有用ではない。場の流れ、空気を読む力、時に大胆な手を打ち込む冒険心が、しばしばゲームの行方を決めてしまう。采配ズバリも「結果論」と言えばそれまでだが、勝てば官軍だ。理詰めの采配もさることながら、時機を逃さぬ勝負師の勘も問われるだろう。

 理と情――。ここでも相反する二つの要素が絡み合った名波という指導者の「複雑体」が有利に働くかもしれない。ポイントを絞り、チーム戦術を理詰めで説きながらも、最後のミーティングでホワイトボードに「例の文字」を書くのではないか。戦=×、闘=○。この勝負、我々は『戦』(いくさ)ではなく『闘』で行く――と。

 緻密なプランも重要だが、それ以上に気迫、闘志が必要ということだ。ほかでもない、リーグ戦で山形に屈した最大の理由と言っていい。いかに山形戦のトラウマを取り除き、激しい闘志を駆り立てられるか。名波監督にとって、さほど難しい注文ではないような気もする。前門の虎(山形)を退け、後門の狼(千葉)をも打ち破る――。理と情を十全に働かせ、勝利のシナリオを書き上げられるかどうか。少なくとも、理想や哲学に殉じるつもりはないとみる。

※編集部注 「漢字の由来として、『戦』が武器と盾を持った兵を表していたのに対し、『闘』は取っ組み合う様を指していた」

北條 聡(ほうじょう・さとし)

1968年生まれ、栃木県出 身。元『週刊サッカーマガジン』編集長。現在はフリーランス。1982年スペイン・ワールドカップを境に無類のプロレス好きからサッカー狂の道を突き進 む。早大卒の1993年に業界入り。以来、サッカー畑一筋である。趣味はプレイ歴10年のWCCF(アーケードゲーム)。著書に『サカマガイズム』(ベー スボール・マガジン社)など。また二宮寿朗氏(フリーライター)との共著『勝つ準備』(実業之日本社)が発売中。