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W杯予備登録。ザッケローニが選んだ”7人のサムライ”、その理由と真相

例えば水本が本当に5番目のセンターバックで、林が4番目のGKだったかと言えば、これは過去の起用や招集などを考えても少し疑わしい。

毎回一つ、日本サッカーに関するお題を決めて複数の著者が論じ合う、それが『J論』
記念すべき第一回目のテーマは「日本代表 23+7に言いたいことがある」。
5月12・13日に発表されたW杯日本代表メンバー23名+同予備登録7名。この人選から読み取れることは何なのか。まずは議論が出尽くした感のある「23名」からあえて離れ、「7名」について論じてみたい。


▼30名→23名という大原則
 そもそも「予備登録」とは何なのだろうか。まずはそれを解説しておく必要があるだろう。W杯本大会への1チーム当たりの登録人数は「23名(内3名はGKに限る)」と定められている。その前段階として、まずは5月13日を期限としてFIFA(国際サッカー連盟)に対して30名のリストを提出しなければいけないレギュレーションだ。

「この段階で23人を発表する必要があったわけではない」。13日、「7名」を発表する席上で日本サッカー協会の原博実専務理事が明らかにしたように、この時点でFIFA規定に従って発表するべきは30名のリストである。大枠の選手を選んでおいて合宿などを経て23名へ絞り込んでいくというのが最も規定に沿ったやり方とも言えるだろう。実際、ドイツやスペインといった国々は、大枠の招集を行ってから絞り込んでいくというやり方を採用している。

 一方、大会直前まで競争させると言えば聞こえはいいのだが、チームの一体感を作って大会に備えるというメンタルな部分ではマイナス要素も大きい。個々の選手が自己アピールに夢中になってしまう、あるいは最後の落選選手の存在がチームメイトにショックを残すといった事態も考えられる。1998年のフランス大会では、直前合宿で3名を落とすという手法を採用した日本代表だが、こうしたやり方が心理面でポジティブに働くケースはそう多くないだろう。

 ザッケローニ監督が選んだのは大人数からの絞り込みではなく、規定の23名による合宿だ。「この23人で戦い抜くしかない」というムードを作って、チームとしての一体感を醸成していくことが最大目的となる。ここに至ってアピール合戦が始まっても仕方ない。そういう判断になる。

 この30名の予備登録枠から、23名の本登録枠に絞られる期限が6月2日となる。逆に言えば、6月2日までは予備登録された選手の入れ替えも可能ということである。6月3日以降の入れ替えは原則不能となるが、それぞれの国が初戦を戦う24時間前までであれば、傷病者に限り、医師の診断書を添えることで代替招集が可能となる。この招集については、予備登録選手に縛られることはない。ただ、原専務理事は「基本的には予備登録の中から選ぶことになる」と言う。W杯に向けて心の準備ができている選手をというのは当然の選択だろう。例外としては、「あまり考えたくはないが、同じポジションの選手、たとえばGKが二人連続して故障するなどといったケースでは予備登録以外からの招集も考えられる」としている。

▼選考の基準は明白だった
 この予備メンバー、どういう基準で選ばれたのだろうか。23名に落ちた「次点選手の集まり」と観るのは早計だろう。大会まで1カ月あることを思えば、傷病による入れ替えは、むしろ現実的な可能性だ。そうならなければいいとは思うが、指揮官もその可能性を「あり得る」と考えているはずだ。

W杯予備登録メンバー(7名)
GK
林卓人(広島)
DF
駒野友一(磐田)
水本裕貴(広島)
MF
中村憲剛(川崎F)
細貝萌(ヘルタ・ベルリン)
FW
豊田陽平(鳥栖)
南野拓実(C大阪)

 メンバーは上記の通り。枠が7名である以上、11あるポジションに1名ずつのサブがいるわけではない。ただ、DF駒野友一は左右のサイドバック、水本裕貴が両センターバック、細貝萌が両ボランチ、中村憲剛がトップ下、南野拓実が両サイドハーフ、そして豊田陽平がセンターフォワードという具合に7名の選手で11のポジションをカバーできるようにはなっている。ボランチと兼用で考えられる中村、同じくトップ下と兼用の南野という具合に、その幅はもう少し広い。水本にしても、サイドバック兼用で考えられているはずだ。

 このメンバーで唯一例外的なメンバー入りだと思われるのが19歳の南野で、23名の発表会見でザッケローニ監督が言及していた「連れて行きたかった若手」というのは彼のことと見て間違いあるまい。国際Aマッチ出場経験を持たない南野だが、イタリア人指揮官はその可能性を買っていた。4月の国内組合宿における南野への扱い方を見てもその期待値の高さは明らかで、4年後への投資という意味でも入れておきたかったのが本音だったかもしれない。

 ただ、タレント性を買われた南野と、それ以外の6人の選考基準は恐らく違う。求められたのは、要するに”ベンチ力”だろう。24人目以降での招集となることが予想される彼らが、先発のピッチに立つ可能性は極めて低い。有事に備えてベンチを温めることになるのは確実だ。「厳しい状況にあっても力を発揮してくれるメンバーを選びたい」と指揮官は原専務理事に漏らしていたという。過去の招集時にベンチで置かれたときの態度なども加味しての選考で、経験豊富な駒野や中村を筆頭に、人格的に安定感のあるメンバーが選ばれることとなった。例えば水本が本当に5番目のセンターバックで、林が4番目のGKだったかと言えば、これは過去の起用や招集などを考えても少し疑わしい。この枠について、ザッケローニ監督は落ち着きあるベテランを優先したということだ。イキの良い若手は、南野だけで十分という判断である。

 2006年のドイツ大会では、緊急招集となった茂庭照幸が海外にバカンスへ出ており、心身双方の準備が整わぬままに大会入り。オーストラリアとの初戦で足がつった坪井慶介に代わって投入されるも、まるで試合に入れずに途中交代するという失態を演じてしまった。これは単に茂庭が悪かったという話ではなく、その可能性を考えて、準備させられなかった全体のマネジメントの問題ではある。

 ただ、今回に関してこういった心配は不要だろう。そういうメンバーがそろっている。彼らに招集があるとすれば、それは日本代表に何らかの悲劇が起きたということではある。だが、そういった苦しい状況にあっても、この”7人のサムライ”であれば、しっかりと自分の役割を果たしてくれることだろう。


川端暁彦(かわばた あきひこ)

1979年、大分県生まれ。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴ ラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『月刊ローソンチケット』『フットボールチャンネル』『サッカーマガジンZONE』『Footballista』などに寄稿。近著『Jの新人』(東邦出版)。