覚えたのは、高揚感。僕らのJリーグと日本代表が繋がった日に
テレビ業界の奇才・土屋雅史は、最初のゲームの最初のスタメン発表でJリーグと代表が繋がる意味を噛み締めていた。
▼権田修一という選択
「当然だろう」という想いと「なるほどな」という想いが交錯する、スタメン発表の最初に呼ばれた名前。その日、私は会社でテレビのモニターを見つめていた。
通常、サッカー中継のスタメン発表というのは、ほぼ例外なくゴールキーパーから紹介される。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が自らの初陣となったチュニジア戦に際し、ゴールマウスへ送り出したのは権田修一だった。
「代表に来て急に上手くなるわけではないですし、結局普段からやっていることしかできないので、そこに自信を持って臨むことは意識して、普段通りやろうと思っていました」
試合前の心境をそう振り返ったFC東京の守護神が、世間の耳目を集める一戦でスタメン発表の最初に名前が呼ばれた瞬間、私はテレビの前でかなりの高揚感を覚えていた。そしてこの事実が、今回の代表に招集されていない多くのJリーガーにとっても小さくない意味があると同時に感じていた。
▼J1の全試合を観た上で
今シーズンから2ステージ制が導入され、新たなチャレンジのシーズンとなったJ1リーグ。今回の代表戦を迎えるまでに消化されたのは1節9試合×3節分の27試合。そのすべての試合をチェックしたが、個人的に全出場選手の中からMVPを選ぶとしたら迷うことなく権田を推す。
ハリルホジッチ監督の御前試合ともなった第2節・横浜F・マリノス戦では、兵藤慎剛が至近距離から放った決定的なシュートをワンハンドで弾き出してチームへ勝ち点1をもたらすと、第3節・ヴィッセル神戸戦でも、昨年まで同僚だった渡邉千真の明らかなシミュレーションを自らのファウルでPKとジャッジされる難しい状況の中、ペドロ・ジュニオールのキックを完璧なセーブでストップする、さながら漫画の主人公のようなプレーでシーズン初勝利に貢献。ゴールキーパーの安定感が勝ち点へ直結することを体現するようなパフォーマンスを続け、新たな監督を頂いた日本代表への復帰を勝ち取った。
もちろん個人のパフォーマンスがどれだけ良くても、それがチームの勝利に直結しなくては意味を為さないことを権田もよく理解している。「代表のためにやっているわけではなくて、チームの時はFC東京のためにやっていますから」と前置きしながらも、「この間のアジアカップだって優勝チームと2位のチームのGKがああやって代表に選ばれているので、そういう意味でもリーグで結果を残すことがそこに繋がるというのは間違いないのかなと思う」とも口にしている。
だからこそ、3節までを考えてもチームに勝ち点をもたらすという意味で、出色の活躍を披露していた権田が選出されたのは、私には当然のように思えた。ただ、日本代表の中に入れば少し事情は変わってくる。今回招集されたゴールキーパーは全部で4人。その内の3人はそのままアジアカップのメンバーと重なる。客観的に考えれば、権田が4番手と捉えられてもおかしくない。それでも、ハリルホジッチ監督がチュニジア戦で選択したゴールキーパーは、今回の4人の中で唯一アジアカップの期間中を日本で過ごしていた最年少のその人だった。
本人は「自分も出られなかった時は悔しい想いをしてやっていたので、自分がしっかりプレーしなくてはと思ってやっていた。でも、試合に出られたことに関しては素直に嬉しかった」と正直な気持ちを明かしてくれた。
▼柏好文が象徴すること
今回権田がスタメン出場した理由の1つに、実際にハリルホジッチ監督がスタジアムでそのプレーを見たということが影響しているのは想像に難くない。
初陣までに彼が国内で視察したのは2試合。その180分間でプレーしたGKの中で今回招集されているのは権田1人である。また、小林悠の離脱に伴って追加招集を受けた川又堅碁も、チュニジア戦で代表デビューを先発出場という形で飾ることになったが、やはりハリルホジッチ監督が訪れた等々力で2ゴールを挙げている。
限られた判断材料の中、指揮官の「直接見て良かった選手はゲームで使う」という方針が見られたのが、今回の川又の起用であり、権田の起用であったように私は感じている。この方針は多くのJリーガーにおいて、今後の代表選出へのモチベーションになるはずだ。
サンフレッチェ広島を日頃から取材している知人の記者に聞くと、サイドアタッカーの柏好文は今回の代表発表を受けて「初めて選ばれなかった悔しさを感じている」と話していたという。彼も広島の開幕ダッシュを支えている一人であり、私もひょっとしたら代表選出もあるのではないかと感じていた。世代別の代表歴もない27歳にA代表への意欲が芽生えてきたという事実は、「Jリーグで結果を出せば代表に選ばれる」という健全なメンバー選考が行われたことの裏返しだろう。
▼頻出した”いつものプレー”
ただ、ウズベキスタン戦で活躍したJクラブ所属の選手たちが、リーグ戦でのプレーを大きく逸脱していたかといえば、そんなことは決してない。青山敏弘の先制点を見たサンフレッチェサポーターは、「確かに凄いけど、アオならやるでしょ」と思ったはずだし、アシストになった太田宏介のクロスを見たFC東京サポーターは「コースケはあんなのいつもここでやってるし」と感じたはずだ。柴崎岳のゴールをアントラーズサポーターは「ガクなら普通のこと」と、宇佐美の代表初ゴールをガンバサポーターは「あれはタカシのデフォルト」と、当然のように受け入れていることだろう。
“らしい”嗅覚で押し込んだ川又のゴールに関しては、グランパスサポーターだけではなく、アルビレックス新潟サポーターやファジアーノ岡山サポーターも、「ケンゴらしいゴールだなあ」と懐かしがっていたかもしれない。
冒頭で前述した「代表に来て急に上手くなるわけではないですし、結局普段からやっていることしかできない」という権田の言葉は真理を突いている。代表戦とは言うまでもなく我々がJリーグで目にしていることの延長線上にある。永井謙佑の驚異的なスピードや西川周作の足元の華麗なボールさばき、あるいは今野泰幸の凄まじいボール奪取などは、ほぼ例外なく毎週末のJリーグで見ることができるのだ。
▼チャントで繋がる素晴らしさ
少し話はそれるが、4月3日の万博で2ゴールを叩き出した宇佐美は、試合後のインタビューで代表について問われると「ガンバでできた僕のチャントが、日本代表の試合で歌われたというのは僕自身も凄く嬉しかったので、これからもっともっと歌われるように、ああいう舞台を目指してやっていきたいと思います」と自らのチャントについて言及した。
現在の代表戦では岡崎慎司と香川真司のチャントが歌われる頻度が非常に高いが、前者はエスパルス時代の、後者はセレッソ時代のモノがそのまま踏襲されている。とりわけ香川のチャントは、今シーズンから復帰したボルシア・ドルトムントでも多くのサポーターが声の限りに熱唱しているものだ。もはや選手だけではなく、チャントだって世界に羽ばたき始めている。自ら考えた歌声が海を渡って、異国の地でも愛される。こんな素晴らしいことはそうはないだろう。そして、そのチャントが発生したのは言うまでもなくJリーグのスタンドだ。
各クラブのサポーターと日本代表のサポーターが、チャントを通じて結び付くというのは非常に面白い関係性だと思う。宇佐美のように選手の活躍次第でチャントも日本中に知れ渡る。完全な個人の趣向ではあるが、例えば工藤壮人の『「エキセントリック少年ボウイ」のテーマ』(本人はエキセントリックのカケラもない好青年であるが)や小林悠の『アンパンマンのマーチ』は、是非日本代表のサポーターが歌う姿を見てみたいチャントだと私は思っている。
日本代表だけが決して特別なわけではない。あれだけ多くの観衆が熱狂する日本人選手のプレーや多くの観衆が歌うチャントは、全国各地のスタジアムでも日常の一コマとして存在している。
「Jリーグで結果を残したら代表にというように、見ている方がそういう認識になるとそういう盛り上げ方になると思うし、Jリーグも盛り上がるのかなと思いますね」
そう権田は話してくれた。この彼の想いはJリーグを愛するすべての人の偽らざる気持ちだ。勝利するためにという大前提はもちろんであるが、ハリルホジッチ監督の選手選考が今後のJリーグを一層盛り上げるための一因となることを大いに期待したい。
土屋 雅史(つちや・まさし)
1979年生まれ、群馬県出身。群馬県立高崎高校3年で全国高校総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出される。早稲田大学法学部卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スポーツへ入社。同社の看板番組「WORLD SOCCER NEWS 『Foot!』」のスタッフを経て、現在はJリーグ中継プロデューサーを務める。近著に『メッシはマラドーナを超えられるか』(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。