J論 by タグマ!

いざ、ブラジル戦へ。現代アートの旗手・柴崎岳が描く”ゲーム”という名の鮮烈な「絵」

情熱の分析家・河治良幸が、新世代のゲームメーカーを解剖する。特異な絵を描く頭脳を持った鹿島の精鋭が秘める可能性とは、何だろうか。

4年後のW杯へ船を漕ぎ出したアギーレ・ジャパン。ジャマイカ、ブラジルと対戦する10月シリーズでは、新たなJリーガーの新戦力が際立ち始めている。今回の『J論』では、そんな日本代表のJリーガーたちに再フォーカス。第1回目は情熱の分析家・河治良幸が、新世代のゲームメーカーを解剖する。特異な絵を描く頭脳を持った鹿島の精鋭が秘める可能性とは、何だろうか。

▼新たなるゲームメーカー像
 新体制3試合目となるジャマイカ戦で初勝利を飾った日本代表ではJリーガーの新戦力が目に付く。中でも大きな存在感を示しているのが、鹿島の柴崎岳だ。

 アギーレ監督に「まるで20年も経験を積んだかのようなプレーを見せてくれる」と言わしめるプレーは、小さいリスクで大きなリターンを生み出すような特異な効率性を感じさせる。

 9月の2試合が始まる以前、筆者は「どういうプレーをしていきたいか?」と柴崎に質問した。回答は「これという形を決めずに、臨機応変にやっていきたい」というものだった。そしてウルグアイ戦で出番がないままに敗戦を見届けた柴崎は、「ゲームメーカーがいなかった……。そういう役割のプレーが無かったですね」と振り返った。

“もし自分が入ったら”というイメージを込めた発言だったに違いないが、かといってピッチに入るまでにビジョンを固め過ぎず、試合環境や味方と相手の関係の中で適した絵を着想し、描き出していくのが柴崎なりの”ゲームメーカー像”なのだろう。

 早くから「遠藤保仁の後継者」として期待され、どちらかと言えば中盤から長短のパスをさばくイメージの強かった柴崎だが、鹿島でも幅広いプレーが出てくるようになっている。一つのスタイルを追い求めるザッケローニ前監督よりも、対戦相手を分析して策を講じるアギーレ監督の下のほうが、より多彩な絵を描きやすいのではないか。

▼ブラジル戦で描く絵は?
 ベネズエラ戦の前半は中盤でバランスを取り、相手のプレッシャーを吸収しながらサイドで起点を作らせ、チャンスになればスルスルとバイタルエリアまで駆け上がった。後半になって相手の守備が下がると、今度はその手前で多くのパスをさばき、チャンスの起点として振る舞った。

 そして先日のジャマイカ戦は、セカンドボールを拾ったところからダイレクトタッチなどでディフェンスの間を突き、タイミングよくフィニッシュに絡んでいった。オウンゴールを誘ったシュートは左サイドで岡崎がボールを奪うと、右サイドの本田にサイドチェンジのパスが出る間に、3人目の動きでスペースに進出し、スルーパスに合わせた形だった。

 ジャマイカ戦の前には「ある程度、監督が好むプレーであったり、戦術的な規律というのは頭にあります」と語っていた柴崎は、まるで具材を与えられた絵描きのように、基本戦術をインプットしながら、ジャマイカ戦というキャンバスの中にまた違うプレーイメージを描き出してみせた。

 その絵の中には当然、味方とのコンビネーションも入ってくる。「流動的に周りとのコンビネーションを生み出したい」という柴崎のイメージは香川真司という新たな味方にとって新しい色彩を帯びた。残念ながら香川は途中離脱してしまったが、ブラジル戦という”未経験のテーマ”の中で、味方と共にどういう絵を描いていくのかは楽しみだ。

▼”遠いところ”は見えるのか
 アギーレ監督はブラジル戦で6人の先発変更を明言している。柴崎もその一人である可能性もあるが、「選手の特徴に合わせることは可能ですし、バランスを取りながらいろんな選手とでもやっていこうと思っています」と組み合わせにこだわらず、良い連係を築いていく意識を強調した。

 現地のピッチコンディションはボール扱いが難しくなりそうだが、「良くはないですし、砂地を走っているような感覚にはなりますけど、条件は相手も一緒なので、その環境に適応することがつねに大事だと思う」と語る柴崎はキャンバスに適した絵の具で色彩を描く様に、ピッチ条件も我がものにする意識を感じさせる。

 もしも柴崎が、対戦相手が高いレベルであるほど、彼のイマジネーションを高められる選手ならば、このブラジル戦でアギーレ監督が「かなり遠いところまで行きつくことができる」と期待するだけの資質を示すことができるはず。もちろん筆を折られるような苦い経験になる可能性も否定できないが、それも含めて柴崎の新たな挑戦を見守りたい。

河治良幸(かわじ・よしゆき)

サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCFF』で手がけた選手カードは5,000枚を超える。著書は『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)、『日本代表ベスト8』(ガイドワークス)など。Jリーグから欧州リーグ、代表戦まで、プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。サッカーを軸としながら、五輪競技なども精力的にチェック。