J論 by タグマ!

一人の現場記者として、あえて今「ザッケローニ」を語ろう

今回の代表が史上最強と称されるのは、何もタレントぞろいという点だけではない。これまで残してきた結果や内容、あるいはチームとしての一体感、多くの要素が合わさった上での評価だったはずだ。

ギリシャと対峙したW杯第2戦はスコアレスドローに終わった。週替わりのテーマで日本サッカーを論じる『J論』では、「勝ち点『1』。断崖に立つ日本代表に窮余の一策はあるのか?」と題してコロンビアとの第3戦を占っていく。第3回目はブラジルで日本代表チームの取材を続けてきた小谷紘友が、あえて「ザッケローニ監督」について語る。現場記者が観た日本代表チームに寄せるのは願いでも、ましてや祈りでもなく……。

▼代表を取り巻く空気は一変した
 史上最強と謳われた日本代表は、このまま無残にもブラジルの地から敗れ去ってしまうのか。アルベルト・ザッケローニは、大きな批判の声とともに代表指揮官の職を離れてしまうのか。

日本は、ついに運命の一戦を迎える。そして、置かれている状況は最悪だ。

 対戦相手は、コロンビア。当然ながら強い。グループCの4カ国の中でも、頭ひとつ抜け出しているという下馬評通り、2連勝で早々にベスト16入りを果たした。突破を決めてメンバーを落とす可能性こそ残すが、控え選手のモチベーションは言うまでもなく高い。グループ最強国との対戦で白星が必須という条件は、大会前から最も避けたかったシナリオだ。加えて、同じ南米大陸という地の利もあり、試合地のクイアバにはコロンビアサポーターが大挙してやって来ている。日本寄りの声援を受けた過去2試合とは異なり、スタジアムの雰囲気もコロンビア寄りになりそうだ。

 何より、日本を取り巻く雰囲気が大会前とは一変してしまった。

ベスト16進出に向けては、何とか首の皮一枚つながってはいるが、1分1敗という結果を受けて、チームへの大きな期待は激烈な批判となって渦を巻き、一気に噴出した。そして、鋭い矛先は、主に指揮官に向けられている。

▼チームの軸はズレたのか
 かつてザックは、日本代表監督のオファーを受けた理由を「運命を感じた」と説明したことがある。

 クラブ畑の指揮官であり、代表監督は未経験だった。そんな彼の下に、ある2カ国から代表監督のオファーが舞い込んできた。ところが、現地で話し合いもした上で「文化や振る舞いが自分には合わないかなと思った」という理由から、就任要請を見送っていたことがある。

 その後の2010年。日本から誘いを受けた当時を「すでに飛行機に片足を入れている気持ちだった」と振り返る。「本能的に日本代表の監督をやりたいと思った」ということでオファーを受諾して以降、ザックは日本を過去最高と言えるチームまで引き上げる。タイトル獲得はもちろん、4年前の守備的な戦いから、自らが主導権を握りに行くサッカーへと舵を切るべく招聘され、一定の成果を出してきた。

 主将を務める長谷部誠も、開幕前に力強く語っていた。

「前回は直前で戦術を変えてやりましたけど、この4年間は自分たちに合った、自分たちが世界で勝つためのサッカーをずっと追求してきた。このW杯で日本サッカーが未来もこのスタイルで戦って行くんだというものを見せたい。例えば、メキシコなんかはそういうものがずっと連続してあるわけだし、そういうものを自分たちが作り上げたいという気持ちも強かった。未来につながるものをこの大会で残したい」

 確かに、この2試合の終盤に見せたパワープレーへの疑問はあったかもしれない。大一番の直前にオフを与えたことも、議論を呼んでいる。それでも、この2試合の結果だけではなく、改めてこの4年間のことを考えれば、コロンビア戦に向けて違った見方を持てるのではないか。

 そして、わずか10日前、チームの雰囲気は外から見ていても最高だった。

 5月27日のキプロス戦以降は出場機会に恵まれずにいたが、初戦を前に熱っぽく語っていた清武弘嗣の言葉が印象深い。

「選手のミーティングがあって、みんな一人ずつ発言する時があったんですけど、人それぞれ思っていることがあって。常にみんな『出たい』と思っているし、けれど本当に試合に出るのは限られた11人なので、そういう中で試合に出られない人が勝つためになんでもするというのは当たり前だと思いますし、そういうことができないといけないと思うので。まずは、本当にチームが勝つために自分は何でもするというのはみんなに伝えました。今の(サポートメンバーの杉森)考起と(坂井)大将を合わせて25人のメンバーで戦えるということはすごく幸せですし、このメンバーでいけるところまで行きたい」

 何よりもチームの和を重要視する指揮官である。外から凄まじい逆風が吹き荒れている今なお、チームの結束が崩れたとは思えない。チームがオフとなった21日、会見に臨んだ指揮官は現状について「満足いく戦いができなかったのはよく分かっているし、言い訳をあえてするつもりもない」と語ったというが、こうも続けている。

「ここにいる選手とは全員と対話をした上で、その気持ちを確認して、全員が同じ方向を向いているということが感じ取れたし、誰一人として方向からズレている人間はいない」

▼「史上最強」の理由
 今回の代表が史上最強と称されるのは、何もタレントぞろいという点だけではない。これまで残してきた結果や内容、あるいはチームとしての一体感、多くの要素が合わさった上での評価だったはずだ。

「このチームはこれまでの戦いの中で沢山の喜びであったり、満足感、充実感を与えてきてくれたと考えている。コロンビア戦で再度、これまでやってきた”いい日本”を出したいと思うし、そういう戦いを見たいと個人的には思っている」

 まさに、その通りである。指揮官自身の言葉通り、アルベルト・ザッケローニが4年の時をかけて熟成させてきた日本代表はこんなものではない。

 今大会では、王者スペインが脆くも敗れ去り、サッカーの母国イングランドも敗退が決まった。やはり、世界一への争い、W杯の戦いは並大抵の厳しさではない。しかし、日本のシナリオにはまだ、幸いにも書き換えの余地が残されている。

 ザック体制で56試合目となる運命の一戦は、まもなく始まる。戦いの末に結果がどうなろうとも、ザックと選手達の4年間は消え去ることはなく、色褪せるものでもない。この戦いを経て、その冒険は終着となるかもしれない。あるいは、世界一への挑戦が続くのかもしれない。いずれにせよ、指揮官の感じた運命が一方的なものではなかったと、そう実感できる試合であってほしい。

 これは、願いではない。

 もちろん、祈りでもない。

 信頼である。4年間、指揮官が選手を、日本を信じてきたように。チームと、ザックへの信頼だ。