J論 by タグマ!

W杯決勝より『J2』を楽しめる人たち。その理由とは?

多くの親にとって最高に熱くなれるサッカーの試合は、W杯の決勝戦ではなくて、息子や娘の試合であるというのと同じこと。愛するクラブを見付けられることが「幸せ」なのも、まさにそれが理由である。

いよいよW杯開幕までのカウントダウンが始まった昨今。世間の耳目がそこに集まるのは当然のことだろう。ただ、サッカーはW杯のみにあらず。J1は中断しているので、ここは一つ下部リーグに足を運んでみるのはどうだろうか。今回の『J論』では、そんな下部リーグ観戦をエンジョイしている書き手をそろえてみた。最後はJ論編集長・川端暁彦が、娯楽性と「レベル」が正比例しないサッカーの魔力を語った。


▼感情はレベルを超克する
 いよいよW杯開幕が迫ってきた。正直に言えば、ドキドキしている。ワクワクもしているし、同時にハラハラもしている。日本代表という集団は、確かに日本サッカーの象徴であり、一つの到達点ではあるのだ。その成果と戦果が気にならないはずもない。

 そして何よりW杯という場はサッカーファンにとっての”お祭り”だ。4年に1度のサイクルで長らく開催され続けてきたフェスティバルである。今大会は寝る間を惜しんで観戦に勤しむつもりであり、その意味でも楽しみだ。

 ただ、だからと言って最高の舞台で行われるサッカーが、仮に最高のレベルであったとしても、最高の試合になるとは限らない。それがサッカーというスポーツにおける一個の「掟(おきて)」であるとも思う。

 理由の一つは、人間が感情的な動物であるということだ。

 目前の試合に対する「思い入れ」の力は、あらゆるレベルの高さ以上に、試合の味わいを濃厚にしてくれる。そんなスパイスとして機能する。応援したい選手がいる、大切な仲間がいる、そのチームのことが大好きで仕方ない。そんな感情の持つ力は、エンターテインメント性を限界まで加速させる。日本代表の試合が、そのレベルがどうしたという次元ではなく(”観戦力”がなかったとしても!?)、多くの日本人にとって最上級の娯楽となるのは、「日本」というバックグラウンドが持つ絶対的な共感性があるからこそである。それこそが、勝利の美酒を最高の味にしてくれる。

 これは多くの親にとって最高に熱くなれるサッカーの試合は、W杯の決勝戦ではなくて、息子や娘の試合であるというのと同じこと。愛するクラブを見付けられることが「幸せ」なのも、まさにそれが理由である。

▼そこにサッカーがあるから
 昨年、2ステージ制導入問題に絡んで、しきりにJリーグ側が主張していた「Jリーグのレベルは上がっているし、本当は高いのに、それが認知されていない=だから客が来ない」という言葉に強い違和感を覚えた。たとえば松本山雅のようにJ1クラブをしのぐような動員力を持つクラブもJ2にはあるわけだが、その理由は「松本のレベルは高くて、それがよく認知されている」からではないだろう。率直に言って、レベルはそんなに高くないだろう。欧州トップレベルと比べたらもちろん、J1クラブと比べても差はある。でも楽しい、また来たいと思えるような空気がそこにあるから、リピーターが生まれて、客足が伸びる。サッカーに限らず、スポーツが持つ娯楽性は「レベル」と正比例するものではない。

 たとえば、高校サッカー選手権という大会がある。「レベル」はプロのそれと比べれば当然低いし、昨今はJクラブのユースチームに人材が流れたこともあって、質的に高校年代最高峰の大会ではなくなった。だが、その決勝戦には大挙して人々が集まって国立競技場は満員の大観衆に埋め尽くされる。部活というサッカーを知らなくても共感・理解のできる背景があって、これで高校での「部活」に区切りを付けるファイナルステージであるというシチュエーションがあるからこそ生まれる娯楽性は、毎年のようにスポーツの楽しみが「レベルじゃない」ということを示唆してくれる。

 もちろん、ハイクオリティーなプレーに対する感動というのはある。少しでも技術的、戦術的なレベルアップを図ろうとする現場の努力を否定する気もさらさらない。ただ、単にレベルの高いモノが観たいのならば、人々が選ぶのはJリーグではなく、欧州のサッカーだろうという現実は否定できまい。現在、Jリーグトップクラスの選手たちはことごとく欧州へと旅立って行き、逆に世界トップの選手がJリーグへやって来ることは極めて稀な例となっている。今夏にも相当数の代表選手とそれに準じる選手が欧州へと戦いの場を移すだろう。それに代わる選手がきっと出てくるという確信はあれども、一時的にJリーグがスター選手を失ってレベルダウンするのは確かだろう。

「J2を観に行こう」というのが今回のテーマである。ここで家から遠くにあるスタジアムでしか試合がないという人にまで足を運んでもらおうとは、実のところ思っていない。それはハードルが高すぎるというものだろう。近所で試合があって、しかも暇な人がいたら、「J2観戦に行く」という選択肢を持ってほしいというだけだ。身近にあるサッカー。生で観るサッカー。それが持つ特別な価値については、一般に「レベルが低い」と思われているであろう下部リーグのサッカーを観に行くときに、より強く認識できるように思う。

 要するに、「行ったことない人は行ってみて」というだけだ。J2に関して、食わず嫌いならぬ”観ず嫌い”はもったいない。きっと意外に思えるほどに楽しい空気が、そこには流れているはずだから。