運ではあるが、運にあらず。118分に訪れた勝負のファストブレイク
チャンピオンシップ準決勝を制したガンバ大阪にフォーカスし、ファーストステージ勝者・浦和レッズを撃破した最大の要因に青黒の番記者・下薗昌記氏が迫った。
▼長谷川体制集大成のゴール
昨年11月に埼玉スタジアムで行われた浦和レッズとの天王山。ガンバ大阪が2-0で勝ち切った佐藤晃大(現・徳島ヴォルティス)先制点を彷彿とさせるロングカウンターが、ファーストステージ勝者の息の根を止めた。崩したサイドや、得点者の違いこそあれど、共通するのは自陣深くからの一気呵成の攻撃だ。
2013年の就任以来、ファストブレイク(速攻)をチームの基本軸に据えてきた長谷川健太監督の狙いと、長年チームが志向してきたパスサッカーが完璧に融合した118分の決勝点。「あの時間帯にああいう攻撃が見せられるのは良いこと」と遠藤保仁は胸を張った。
シュート数だけを見れば23本対15本、CKの数を見ても8本対4本。データは決してウソをつかない。
「運にも助けられたかなと思う」「僕らが負けてもおかしくはなかった。浦和のほうが良いサッカーをしていたかもしれない」。遠藤のコメントは決して社交辞令ではない。延長後半終了間際に丹羽大輝が犯した致命的なバックパスのミスは、紛れもなく運で救われたものだ。
ただ、三冠を達成した昨季以降、数々の修羅場をくぐり抜けて来た選手たちは、ポストに救われた瞬間に勝利への執念を見せ付ける。
「やはり激戦を今シーズンずっと戦って来た成果じゃないかなと。ACLでも勝たないといけない試合で、あきらめずに戦ってきた経験値が自然と出た」(長谷川監督)
自らのチームを安易に褒めようとしない指揮官が、口にしたのは「経験値」。昨季のナビスコカップ決勝では2点のビハインドをひっくり返したり、今年のACL準々決勝セカンドレグでもアディショナルタイムに完璧な崩しを見せて決勝点を奪ったりしてきたG大阪。チャンピオンシップの大一番で、浦和を絶望のどん底に叩き落とした決勝点は就任以来、長谷川監督が目指して来たサッカーの集大成でもある。
▼守護神、一瞬の判断
ファストブレイクのスイッチを入れたのは東口順昭だった。ポストに嫌われたボールに一瞬集中を途切れさせた浦和の選手たちを尻目に、背番号1は右サイドのオ・ジェソクに絶妙のフィード。さらに遠藤が「行け」と言わんばかりの強烈な縦パスをパトリックに当てると、途中出場の米倉恒貴が完璧なクロスで決勝点を演出してみせた。
パスサッカーの本家の意地を見せ付けるような完璧な崩しの背景にあったのが、日々の練習の積み重ねだ。120分間の激闘を終え、決勝のサンフレッチェ広島戦に向けて始動した30日。練習前のミーティングで指揮官は選手たちをこう称えたという。
「あの時間帯で、あの迫力を出して行けるのはすごい」
総走行距離が15kmを超えていた藤春廣輝の走り込みも見事だったが、得点の瞬間にゴール前に顔を出していたG大阪の選手は実に5人。そして「秋(倉田)が良いダイアゴナルランで中をつっていたので、ハル(藤春)がフリーになるのが分かった」(米倉)とパスの送り手が言えば、利き足でない右足で劇的なシュートを叩き込んだ藤春も「秋が良いオトリになってくれてニアに突っ込んでくれた。ヨネ(米倉)と目が合ったので、良いボールが来たら、振り抜いてやろうという思いだった」。殊勲の二人がこう評したように、相手DFを引き付ける倉田の動きも秀逸だった。
「クロスに対する人数をもっとかけたい」(長谷川監督)。天皇杯4回戦・川崎フロンターレ戦の前から、指揮官がこんな狙いを落とし込んできた練習どおりのファインゴールだった。
ボールポゼッション率や決定機の数は浦和に劣ったのは事実だが、「判定勝ち」のないサッカーはあくまでも点取りゲームである。足をつる浦和の選手たちも出始めていた消耗戦で、G大阪が見せたのはアジアの過酷な戦いで身につけて付けてきたタフなサッカーだった。
「勝負どころは試合の中で間違いなくある。それを決め切るのと決め切らないとでは、流れが全然変わってくる。その判断をできる選手が多ければ多いほど、チームに安定感をもたらしてくれる」(遠藤)。確かに”運”が大きく左右した一戦だろう。ただ、昨季の三冠王者は、今季のファーストステージ勝者にはない瀬戸際の強さが備わっていた。
下薗 昌記(しもぞの・まさき)
1971年生まれ。大阪外国語大学ポルトガル・ブラジル語学科卒。朝日新聞記者を経てブラジルに移住し永住権取得。帰国後、サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』のG大阪担当記者、日テレG+での南米サッカー解説などを行う。著書に『ジャポネス・ガ ランチード』(サッカー小僧新書EX)。堪能なポルトガル語を活かしてブラジル人選手と広く繋がっている。