J論 by タグマ!

二桁順位から逆転プレーオフへ。この道こそ、山形が来た道

山形一筋二十年、NEC山形の時代より取材を重ねてきたクラブの生き字引、佐藤円が6位・山形の「道」を語る。

J2の3位から6位が「あと一つ」の枠を巡って競り合うJ1昇格プレーオフ。今季は北九州がライセンス問題で出場できず、3チームによる変則トーナメントとなった。果たして最後の一枠を埋めるチームはどこになるのか。11月30日のジュビロ磐田とモンテディオ山形の対決に始まり、12月7日の味の素スタジアムに行われるジェフ千葉との決戦で極まるこの戦いを展望してみたい。まずは山形一筋二十年、NEC山形の時代より取材を重ねてきたクラブの生き字引、佐藤円が6位・山形の「道」を語る。


▼最終節に”しびれ”なし

 試合取材の最中はピッチ内やスタジアムの動向に集中するため、パソコンやスマホなどの機器は極力ノータッチで済ませているが、さすがに今シーズンのリーグ最終節は後半以降、パソコンの速報サイトをチェックしながら観戦することにした。

 僕が担当するモンテディオ山形は6位で最終節を迎え、対戦相手の東京Vに勝てば文句なしで初のJ1昇格プレーオフに進出できる状況だった。しかし、1-1で迎えた87分、東京Vに失点を喫する。すぐさまパソコンの画面に目をやると、いったん追いついていた7位・大分も再び湘南に1点のリードを許していた。山形と大分との勝ち点差は『1』。並ばれても得失点差では大きな優位があったため、この土壇場の失点にも落ち着いていることができた。

 もし他会場の情報を入れていなければ、今回の東京V戦の敗戦は一度どん底に突き落とされ、時間差で大分の結果を知り大きな安堵を得る体験になったかもしれなかった。パソコンで情報をチェックしていたがために、心が揺さぶられる機会を逃したのかもしれない。思えば今シーズン、山形の試合を見ながらしびれるような経験をまだしていない。終盤の2得点で逆転した第40節・福岡戦や、気迫満載のハードワークで磐田を2-0で下した第41節などテンションが上がる試合はあったが、”しびれる感覚”とは違う気がしていた。

▼攻の奥野から守の石崎へ
 J2降格後の2シーズン、山形は奥野僚右監督の下で、ひたすら攻撃性に磨きをかけてきた。しかし、手にしたJ2屈指の攻撃力でも守備の脆さを補い切れず、順位は2シーズンとも10位に終わっている。

 そして今年、16年ぶりに山形に戻ってきた石﨑信弘監督は守備の立て直しから着手。複数失点が少ない、そこそこ堅い守備にはなったが、今度は点が入らなくなった。平均シュート数では常に上位にあり、チャンスの数自体は少なくないのだが、決定機で決め切れないシーンが目立っていた。さらに押し込まれた際に、自陣で奪ったボールを高い位置で預けることができず、相手が拾ってまた守備に戻るか、ようやく起点を作ってもカウンターで一気にシュートまで持ち込むシーンはほとんど見られなかった。

「ワシと言えばカウンターじゃん? それなのによう……」

 めざすスタイルと現実の乖離に石﨑監督も頭を悩ませていた。第22節から3連敗したが、それ以外は連勝も連敗もなく、順位も二桁を脱し切れずにいた。「連勝しなければ上位に行けない」のフレーズはそれを実現できないまま、いつしかチーム内で呪文と化していた。

 そうしたチームが6位でプレーオフに進出するまでになった要因は一つではない。続けてきたトレーニングでフィジカル的な要素が上がり終盤まで走れるようになったことや、GK清水健太の負傷を受けて浦和から期限付きで移籍した熟練のGK山岸範宏が必要なメンタルの要素を落とし込み、それが浸透していったことも大きかった。さらにチームの分岐点となったのは、3バックへのシステム変更だった。

▼最強トリオは、3バックの副産物
 9月最初の試合となった第30節・水戸戦。プレスがかからず押されていた山形は、前半のうちに、それまでの[4-2-3-1]から水戸と同じ[3-4-2-1]にシステムを変更。人をはめたことで守備が落ち着き、その試合を1-0でモノにすると、それ以降はこの[3-4-2-1]が一貫して採用されることとなる。

 西河翔吾を負傷で欠き、イ・ジュヨンがアジア大会のU-23韓国代表に招集と、センターバック陣の長期離脱が重なったことや、それ以前から3バックの相手に対して高い位置からプレスがかからないシステム的な不具合を抱えていたことも、変更の背景にあった。

 この”後ろの事情”によるシステム変更の副産物がディエゴ、山﨑雅人、川西翔太の1トップ2シャドーである。タイプの違う3人のトライアングルは、いまでは山形最大のストロングポイントとなっている。本格的な結成は第32節・京都戦。前線からの激しいチェイシングで相手の攻撃を封じる守備面に加え、攻撃でも3人で攻め切れるなど、課題だったカウンターでシュートに持ち込む回数が格段に増えた。京都戦に1-0で勝利したことで、8位に浮上。シーズン初の連勝まではそこからさらに1カ月ほどかかったが、もはや二桁順位に戻ることはなかった。

▼熱もあれば、覚悟もある
 シーズン終盤にはスタイルの確立が進み、各選手の持ち味が生かされながら組織としてうまく噛み合うようになってきた。しかし戦力的に見れば、大幅に強化費が増える見込みがない状況も含めて、いまの山形がJ1に昇格しても相当厳しい戦いになることは想像に難くない。

 過去にプレーオフで勝ち上がり昇格を果たした「3番目のチーム」、大分や徳島がJ1でどのような戦いぶりだったのか。見れば見るほどに現実は厳しい。現在のJ1プレーオフ制度に対する否定論が一部にあることも事実だ。しかし、いまの山形にはそこへ挑むだけの熱と覚悟がある。

 山岸は言う。

「僕らはプロなので、勝たなきゃいい終わり方はできないし、『準決勝まで行ったからいい』とか、そういうのは嫌。一戦一戦上がっていくたびに欲が出てくるから、その欲に正直に、貪欲に、勝ちにいきたいと思う」

 6位進出の山形にとって、プレーオフからのJ1昇格は険しい道だ。特に準決勝の磐田戦は、敵地でドロー以下の結果が許されないレギュレーションに加え、千葉との天皇杯から中3日という日程面のハンディキャップもある。第41節には気迫を前面に出すベストバウトで磐田から勝利を挙げたばかりだが、同じことが同じように通用するほど甘くはない。十分に山形対策を講じて臨む相手を倒すには、前回以上にハードワークの質と量を上げることが不可欠だ。

 そしてこの逆境こそが、まだ出しきっていない山形のポテンシャルを引き出してくれるのだとしたら、積み重ねてきた1年間の成否を90分で決する、J1昇格プレーオフの理不尽さと非情さも悪くない。”しびれる体験”ができるとすればここからではないか。密かに期待しながら、運命の一戦を待ちたい。

佐藤 円(さとう・まどか)

1968年生まれ、山形県鶴岡市出身。山形のタウン情報誌編集部時代の1995年に、当時旧JFLのNEC山形(モンテディオ山形前身)を初取材。2005年より「J’s GOAL」、06年から「EL GOLAZO」でモンテディオ山形を担当している。