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2位・松本の強さの秘訣は「個人能力」だった!? 番記者が唱える、あえての逆説

「個人能力で劣る松本が......」という巷間流布する通説に「異」を唱える。

2014年のJ2リーグは全体の4分の3余りを消化。いよいよラストスパートが問われる季節になってきた。「最初からスパート」状態だった湘南が早くも昇格を決める一方で、2位以下は予断を許さない状況が続いており、下位の攻防も熾烈だ。そこで「J論」では、J2の幾つかのクラブにフォーカス。そのラストスパートに注目する。今回は2位を走る松本の番記者・多岐太宿氏が自身のチームの強さを再解剖。「個人能力で劣る松本が……」という巷間流布する通説に「異」を唱える。

▼強さの秘密はチーム力?
『J論』からの依頼メールが届いたのは9月28日だった。J2終盤戦を迎え、テーマは当然「松本山雅について」だ。大恩ある川端編集長からの直々のご依頼にすぐに了解したのだが、当日は札幌戦開催日。敗戦を受けて、思わず「すみません、やっぱりナシで」と言いたくなった。

 松本山雅、9月の戦績は2敗3分け。5戦勝ちなし、である。

 さて現在こそ壁に直面しているとはいえ、J2でも中位に位置するクラブ体力(予算、環境など)の松本が現在堂々のJ2・2位なのだから、その「費用対効果」には驚くほかない。この位置につける要因を幾つか挙げるならば、「豊富な運動量で相手を凌駕するスタイルがJ2にマッチ」「知将として知られる反町康治監督の指導と分析の賜物」「熱いサポーターが声援でチームを鼓舞している」などになるだろうか。もちろんそれら一つ一つは真実なのだが、筆者はここ『J論』において新説(というのは大袈裟だが)を打ち出したい。

 それは「松本の選手たちの個人能力の高さ」だ。個の能力ではなくチーム力で他と伍してきたとされる松本において、あえて唱える逆説だ。

▼際立ったのは、個々の長所
 少し前、某サッカー専門誌で『選手が選んだ部門別ベストプレーヤー』という企画があった。反町監督はその内容を移動中に興味深く読み込んだという。その企画ではヘディング部門にDF飯田真輝、スタミナ部門にMF田中隼磨、キック精度部門にMF岩上祐三、一瞬の速さ部門にFW船山貴之がそれぞれ上位に選出されている。他チームのライバル選手たちは松本の選手たちをそのような視点で見ているという事実が、指揮官にとっては新鮮だったようだ。そして、「個々の選手の良さを、チームに落とし込んでいるからな」とつぶやいた。自身のチーム作りが間違っていなかったことを改めて感じ取ったという口ぶりで。

 止める、蹴る、走る、決める――。サッカーには多くの要素が必要となる。それら全てを高いレベルで兼ね備えているハイスペックな選手は、当然ながらほとんどJ1でプレーしている。もしJ2にいたとしても、例えば今季の磐田のようなクラブ力の高い場所にいるのが常だ。岩上は「開幕前は磐田が断トツかな?と思っていた」と語っており、それが第三者の見方というものだろう。

 しかし、松本には先述のとおり「一芸」に長けた選手が多く存在した。総合力では目をつぶらないといけない部分があるにしても、短所に頭を抱えるのではなく、あくまでも長所にスポットを当ててきたのだ。形が不揃いのジグソーパズルのピースを上手くはめこみながら一つの作品へと昇華させることは、決して容易な作業ではない。そのピースとピースをつなげる接着剤足りえたものこそが、冒頭に述べた運動量であり、監督の分析であり、そしてサポーターの存在ではなかっただろうか。

 もちろん最初から最後まで上手くいくほどサッカーは簡単ではない。開幕から8月までの快進撃を経て、他チームの対策が進んだ今、松本は正念場にいる。チームは生き物である以上、好不調の波は必ずあるもの。ここでいかにして平常心を保てるかが重要なのだが、加熱する周囲の期待は、心配が高じて時として熱暴走を起こすものでもある。

 ただ、個々の長所を押し出して戦ってきたチームのベクトルに誤りはない。そう断じておきたい(もちろん課題をあぶり出し、修正していく作業は必要だが)。疑心暗鬼を生じることなく、残り試合へと向かうべきだろう。

▼「悪役」に終わる気は毛頭ない
 J1への自動昇格枠は残り一つとなった。その椅子を巡る最大のライバルは、やはり新体制となった磐田と予想される。伝説の選手が監督に就いたことで、淀んだ空気は間違いなく払われたはずだ。強豪磐田の復活を祈る人も多く、その人たちは大抵が「強く、それでいて美しいパスサッカーを挑む磐田こそ勝者に値する」という価値観を持っているのではないだろうか。

 つまり、昇格戦線においては磐田が絶対的ベビーフェイスで、松本は恐らくヒールになるのだろう。やむを得ないとは思いつつ、そのような風潮にはあえて「NO」の二文字を突き付けたい。「美しいパスサッカーに勝るものはない」「新参のプロビンチャは歴史あるビッグクラブには適わない」――。確かにそれは一面の事実かも知れない。しかし、歴史に学ぶ賢者諸兄は知っていよう。地方都市のクラブが栄冠を勝ち得たことも、美しいパスサッカーが絶対の価値ではないことも。

 確かに勢いは磐田にある。しかし、このまま屈するのでは、いかにもつまらない。松本が既存の秩序を破壊する、Jリーグの新たなる”価値紊乱者”となる姿を見届けてやろうじゃないか!


多岐太宿

大島和人(党首)世代の雑食性ライター。生まれも育ちも信州の片田舎。高校卒業後、社会の歯車として労働に勤しむ傍ら、地域リーグ時代から地元の松本山雅FCをウォッチ。地元紙やサッカー媒体に原稿を執筆し、12年3月より専業ライターとして独立。『J’sGOAL』『エル・ゴラッソ』『月刊J2マガジン』などで担当を務めている。県内の他スポーツやグルメなど地域情報の執筆も手掛けており、そっちが本職(多分。しかし微妙)。