複雑系指揮官・森保一論【広島】
2017 03/31 09:23
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今回はサンフレッチェ広島を中心としたWEBマガジン「SIGMACLUBweb」から森保一監督に関する記事になります。
複雑系指揮官・森保一論(SIGMACLUBweb)
2017年03月30日更新
森保一監督のイメージは、サポーターにはどう映っているのだろうか。
まず特徴的なのは笑顔。顔中がクシャクシャとなり、目が細くなるその表情は、見る者を魅了する。それは髪型同様、現役の頃から全く変わらない。そして、言葉の熱さ、ほとばしる情熱。そこも、若い頃から変わらない。ただ、監督になってからは、新しい彼の特徴も見えるようになってきた。それは、我慢と決断、そしてメリハリである。
我慢とは、頑固とはちょっと違う。「ブレない」という言葉をよく使うし、確かに森保監督は一度決めた方向性を貫く指向性にある。だが、「絶対に変えない」という頑迷さはない。「俺のいうことは正しいんだ。俺がボスなんだ」というような他を寄せ付けない「孤高さ」もない。むしろ、彼は話をする。それは森崎和幸や青山敏弘のような主力級から、長沼洋一やイヨハ理ヘンリーのような若手まで、わけ隔てはない。
例えば高橋壮也が「どうして僕は主力組でプレーできないんですか」と「異議申立て」をしてきても、彼を突き放すでもおもねるでもなく、真摯に言葉を返していく。「そんなことをお前が言える立場なのか」と苛立ち、その選手をメンバーから外す監督もけっして少なくない。だが森保監督は高橋がそう言った後もベンチメンバーに召集し、次の試合では先発で抜擢する可能性すらある。
一方で、2015年でいえば、開幕戦でゴールを決めたとはいえ、チーム戦術にフィットしているとは言えなかったドウグラスを、批判を受けながらも起用し続け、結果として大ブレイクにつなげた。柴崎晃誠のトップ下起用にしても、本人も含めて懐疑的な意見があった中で使い続け、アタッカーとしての才能を開花させた。結果を出せなかった2014年の浅野拓磨(現シュツットガルト)を何度も使い、2015年の大爆発を呼び込んだ。
そういう意味では、森保監督は確かに「我慢」の人だ。だが一方で、決断力も持ち合わせている。例えば昨年、絶対的なエースだった佐藤寿人(現名古屋)や絶大な信頼をチーム内で勝ち得ていた森崎和幸もベンチに座らせる。得点王レースを走っていたピーター・ウタカ(現FC東京)も川崎F戦ではベンチスタートさせ、皆川佑介を先発に送り込んだ。批判や波紋など、全ては覚悟の上で彼は決断し、そこに揺らぎはない。そういう意味では、確かに「ブレがない」のである。
開幕戦から1分3敗と勝ち星のない現状にあって、森保監督は戦術の調整に入っている。キャンプから取り組んできた「ボールを失った時の強烈なプレス」の意識がチーム全体に強くなりすぎて、スペースを相手に与えてしまう結果となっていた。特に札幌戦は、そういう状況が顕著になり、何度もカウンターからピンチを招いていた。それが札幌戦敗戦の要因。守備の不安定さが攻撃にも影響していると指揮官は考えた。
ただ、単純に「ブロックをつくればいい」とは考えない。シーズン前から語っていた「プレー強度の増幅」へのこだわりは、続いている。たとえば昨日のトレーニングでボールホルダーへの寄せがちょっと甘くなるとプレーを止めた。
「もっと、寄せろ!クリスティアーノであれば、ここからでもシュートを打ってくるぞっ」
千葉和彦は言う。
「監督は、ブロックをつくって終わりではない、と言っています。ボールを奪う時、そのアプローチスピードをあげないと奪いきれない、と。相手のやり方がどうこうではなく、自分たちの形で意思統一を図り、そこからボールをとりにいかないと。それに縦に来るボールに対しても、厳しく寄せていく意識を、全員が持つことが重要なんです」
そしてもう一つ、切り替えのところでも強い調子で選手にアプローチを仕掛けた。
「もっと、速くっ」
青年の面影を色濃くのこす指揮官は、ボールを失った瞬間にもっと激しくスプリントすることを全員に求めた。
「休む時はは自分のポジションに戻ってからだ」
例外は、アンデルソン・ロペスであろうが、フェリペ・シウバであろうが、許さない。そこは絶対的にブレてはいけない。そんな気迫が語気の強さとなって練習に現れていた。その情熱こそ、選手を突き動かすエネルギーと化す。
いい守備からいい攻撃へ。森保監督が最も大切にするコンセプトであるが、この言葉ほど、どうとでもとれるものはない。いい守備とは何か。いい攻撃とは何か。それは、人それぞれで考え方次第だ。もしかしたら、相手によって変化することなのかもしれない。「相手の嫌がる守備を、攻撃を」。指揮官もよく、この言葉を使う。もちろん、広島の選手たちが慣れ親しんだ形は、やはり自陣にブロックをつくること。だが、それだけでは、相手は嫌がらない。
ボールをどこで、どう奪うのか。どういう守備の形であれ、守るというのはそういうことだ。相手のミスを誘うというやり方もあるが、攻撃につなげようと思うのであれば、「奪う」という観点なくして物事は運ばない。そこを最も理解していたのが森崎和幸なのだが、彼の復帰にはもうすこし、時間が必要。稲垣祥は「奪う」ことのスペシャリストではあるが、「奪った後」まで完結しないと守備も完結しない。そういう意味では、稲垣も機能するまでにはもうすこし、時間が必要だ。
今季、森保監督がやろうとしているのは、「どこで」「どう奪うか」をもっと明確化していきたいということだ。プレスにいくことが正義ではない。ボールを奪い、そこからしっかりと前につなげていくことで、昨年の後半から手詰まり感があった中央からの攻撃を活性化しようという狙いが存在している。ただ、その理想に向けての過程でつまづいている今、これまでできていたことを再確認して立て直す。一歩進むために、しっかりと立ち止まって冷静に自分たちを見直していこう。それが、柏戦に向けてのトレーニングテーマだ。
だからこそ、森保監督はブロックの位置やバランスなどよりも「切り替え」「強度」にこだわる。次の一歩に進むために、そこはブレない。ブレさせてはいけない。そんな強い意識が見てとれる。
ネルシーニョ神戸監督のような権謀術数に長けた「戦術家」ではない。ペトロビッチ浦和監督のように攻撃のアイディアが溢れ出す「ファンタジスタ」でもないし、風間八宏名古屋監督のように「これが絶対的に正しい」というカリスマ的な指導者というわけでもない。森保一の魅力は、強い意思と柔らかな思考性。我慢と変化、どちらも厭わない柔軟性。戦術的な細かさもある一方で「結果が出せればいい」というおおらかさも持ち合せる。情熱と冷静、共にその中にある人間性も含めて、森保一はいわば複雑系の指導者だ。
柏戦、きっと難しい試合になる。それは覚悟の上で、森保一とその仲間たちは、戦いに挑む。「原点回帰」のように見えて、実は新しいものをつくりあげるための一過程。そんな複雑系の戦いは、味わいもまた深い。結果はもちろん欲しい。勝ちたい。だが、勝って終わりではない。森保一は、そこを見ている人なのである。
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