メディアの質が問われている?レフェリーブリーフィングを各社はどのように報じるのか?【石井紘人の審判批評】


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レフェリーブリーフィングは「情報を公開することで相互理解の向上をはかる」(小川佳実JFA審判委員長)ことを目的として開催されている(参考記事:審判の相互理解を深める試みをレポート)。

Jリーグ担当審判員たちのミスを認めるのがメインではなく、「なぜミスをしてしまったのか?」。そして、「ミスをなくすための改善策」をメディアに説明することで、サポーターやファンが持つ審判への不信感を無くす。また「あの判定は今後もファウルなのか」を説明することでサッカーへの理解を深める。そのためには、審判員のミスも認める。

だが、現状は「〇〇主審のミスを謝罪」とだけ報じられてしまう(参考記事:『74試合中66試合はミスジャッジがなかった』と報じられない事。今も変わらないレフェリーへの個人攻撃)。

結果、審判員の家族が被害にあう。

あるJリーグ担当審判員の子どもは、学校で「お前のお父さん、『謝罪』したんだろ。悪い事したんだろ!」と苛めにあってしまった。

それに対して「トップレフェリーなのだから、批判される覚悟はしろ」という声もあるかもしれないし、審判員たちも「批判される覚悟はある」という。

だが、ピッチの外、ましてや家族が攻撃対象になるのはスポーツではないし、そもそもで何のためのレフェリーブリーフィングなのかを考えるべきだ。

ただただ審判員を糾弾するためのレフェリーブリーフィングであれば、欧州の名レフェリーだったピエルルイジ・コッリーナ氏がいうように、「このままではレフェリーをやる人がいなくなってしまう」。サッカー競技規則の「審判員の責任」以上のものを負わされている。

試合後、多くのメディアが監督や選手のコメントを元に、審判員がミスをしたかのような報道をすることがある(参考記事:西大伍が判定への疑問を語った鹿島アントラーズ×サンフレッチェ広島戦の村上伸次審判団批評をしてみる)。
「記事を書く前にコメントだけでなく、サッカー競技規則とプレーを照らし合わせる」
それは相互理解でもある。

選手がサッカー競技規則を理解する(参考記事:CS鹿島アントラーズ×浦和レッズ戦でのPK、家本政明主審への誤審報道に中田英寿氏を思い出す)ことで、プレーは間違いなく向上する(参考記事:横浜Fマリノス喜田選手の木村博之主審のジャッジへの不満をサッカー競技規則と動画で振り返る)し、それは見ている子供たちにも当てはまる。

さらに、審判員もサッカー競技規則を元に批判されることで、スポーツとして捉えられる。Jリーガーがセカンドキャリアで審判員を目指すことは稀だが、そういった環境にも変わるかもしれない。

「審判員を批判するな」ではない。問題は中身である。それは日本代表ハリルホジッチ監督がメディアに言いたかったことかもしれない。

今回のレフェリーブリーフィングがどのように報道されるか?批判はあって然るべきだし、私もFBRJで批評し、批判をする(参考記事:今日の主審の採点は1)。ただ、高みから断罪するような報道に質はないと思う。

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