J論 by タグマ!

昨年の延長線上ではない今年の始まり【J開幕特集・改革元年前夜/FUJI XEROX SUPER CUP 2017レポート】

両監督は勝敗以上に大きな手ごたえを手にしていた。

昨年末の明治安田生命Jリーグチャンピオンシップと同一カードのFUJI XEROX SUPER CUP 2017。一瞬の隙を見逃さない両者の激しい打ち合いは、3-2で鹿島アントラーズが勝利した。新チームをトレーニングマッチとは違う公式戦で磨き上げる。両監督は勝敗以上に大きな手ごたえを手にしていた。

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▼Jを待ちわびた人たちの楽しみ

 「金崎(夢生)って何番か知ってる?」。自信たっぷりにサッカー小僧がクイズを出す。学校が休みの土曜日に、お母さんは子どもたちを日産スタジアムへ連れていく。楽しいのはお母さんも同じ。手にはしっかりと『FC TOKYO』と書かれたバッグを……いや待てよ、今日の対戦カードは違う。でも、彼らにもちゃんとお目当てがあった。東京ドロンパが横浜に遊びに来ている。Jリーグマスコット総選挙も目玉の一つだ。朝の9時にも関わらず、スタジアムにはたくさんの子どもたちがいた。

 マスコットたちがウォーミングアップをしている頃、東ゲート広場にはおいしい香りが充満する。こちらも目玉の一つ、全国のスタグルが集うグルメパークでは、長蛇の列があちこちにできていた。千葉からやって来た喜作には、明らかにサイズが合っていない皿に盛りつけられたソーセージを手にした人の後ろに、タッパーを持参して待っている強者がいる。隣には、「浦和が小豆で、鹿島はハムだっけ」と店主自身も謎と感じるような具材が入った山形の『炎のカリーパン』がある。胃袋は一つしかない。各々は己の勘を頼りに選びに選び抜いていた。

 そんな地方の名産を味わいながら、眺めるのは『NEXT GENERATION MATCH』。久保建英を始めとする、U-18Jリーグ選抜と高校選抜に2020年の夢を託す。正午を回る頃には、ゴール裏でヴィッセル神戸のモーヴィがゴロンと横になる、と思いきやブレイクダンスを披露。堂々とした足取りで通り過ぎるシャチ、グランパスくんは異常な存在感を放っていた。

▼2分を費やした抗議

 盛りだくさんな宴は、13時35分から始まるメインイベントのためにある。ボールボーイが所定の位置につく。サポーターたちは、トレーニングを始める選手たちを大歓声と大ブーイングで迎えた。54クラブのタペストリーがスタンドの壁面に掲げられている。コンサドーレ札幌とFC琉球に挟まれ、地域の順にJ1、J2、J3と隔てなく並ぶ。だが、例外が二つある。『FUJI XEROX SUPER CUP 2017』を戦う鹿島アントラーズと浦和レッズのエンブレムが、センターでにらみ合う。スタンドの照明の火が灯り、ピンクとイエローの蛍光色がピッチに散らばった。

 開始から小気味よく浦和がボールを回す。トレーニングで足を痛めたという柏木陽介は、大事をとってベンチにもいない。「柏木がいない状況でも、良い内容で勝ったことはたくさんある」と、ミハイロ・ペトロビッチ監督の自信に満ちた言葉が証明されている。新戦力の菊池大介は、ワイドに開き左サイドを果敢に攻めていた。

 対する鹿島は、鋭くカウンターのチャンスをうかがう。28分、金崎夢生がポンっと抜け出しクロスボールを上げる。合わせられなかったものの、ペドロ・ジュニオールはその脚力を見せ付ける。こちらも新戦力が、金崎と凶暴な2トップを形成していた。

 このとき、事件が起きる。ペドロ・ジュニオールに合わなかったボールをつなぎ、小笠原満男がミドルを放つ。ボールは、GK西川周作の手をかすめたかのように枠を外れていった。判定はゴールキック、かすめた「かのように」と審判団は判断した。触った、触っていない、両陣営が言い争い試合は中断する。あくまでゴールキックかCKの分かれ道、直接的な得点の有無はない。だが抗議する面々から、わずかなチャンスが勝負を決する緊張感が伝わる。「まぁまぁ」と西川の肩を対戦相手のレオ・シルバが組み、試合は再開した。

 わずかなチャンス、それをモノにしたのは鹿島だった。中に切れ込んだ西大伍が倒される。ペナルティアークの絶好の位置に審判がバニシング・スプレーを吹き、レオ・シルバと小笠原が並ぶ。その横から遠藤康が美しい弧を描く。西川は見送ることしかできなかった。わずかなチャンスを生かす。38分、彼らの抗議の意味はここで証明された。

 続く42分、クリアボールから鹿島のカウンターが始まる。土居聖真がスルスルと左サイドを駆け上がり金崎へ。シュートはポストにはじかれるも、右サイドから遠藤が詰め西川を弾き飛ばすように追加点を上げる。圧倒的なポゼッションで支配していた浦和を、わずか4分で鹿島は上回ることに成功した。

 アディショナルタイムは2分、長く感じた抗議は思ったよりも短かった。

▼芝の渇きを知っていた鈴木優磨

 ハーフタイムを盛り上げたマスコットたちが去ったとき、李忠成に代わり興梠慎三がピッチに入る。さらに64分には長澤和輝、関根貴大の2枚代え。阿部勇樹をCBに下げ、宇賀神友弥を左のウイングバックに上げる。浦和は残り25分の逆転に書き換えた。

 曇り空から太陽が現れ、ピッチに陽が射す。74分、切り札として投入した興梠がペナルティーエリア内で倒され、自らGKクォン・スンテとのPKに挑む。続く75分、もう一人の切り札、関根が右サイドに侵入しクロスを上げる。ズラタンがヘッドで合わせ、ポストのはね返りを武藤雄樹が詰めた。

 4分で2失点した浦和が、ハイペースの1分で追い付く。加速した浦和の勢いは止まらず、78分には関根が右サイドでDFを手玉に取る。ペトロヴィッチ監督の目論見は実現に近付いていた。

 鹿島はひそかに動いていた。切り札の関根を投入した浦和2枚代えの64分、石井正忠監督も金崎と鈴木優磨を入れ替えていた。もう一人の途中出場選手、山本脩斗が前線の裏に蹴り出す。お見とおしの遠藤航は、鈴木の前に入り動きを抑えながらGKにバックパス。その間を鈴木が割って入る。「ピッチに水を撒いていなかったので、ボールが止まるかなと思っていた」。鈴木の観察力の賜物だった。決勝点が決まった83分の頃には、空は雲で覆われピッチを射す陽の明かりは消えていた。

▼確かな手ごたえを弾みに

 小笠原は慣れた手つきでカップを掲げ、金森健志は優勝賞金のバナーを手に前に倒れてはしゃいでいる。石井コールが起こる鹿島サポーターの対面、浦和サイドのスタンドはポッカリと空いていた。表彰式を見守ることなく、横浜を後にしていた浦和サポーター。彼らの悔しさは指揮官にも乗り移る、と思いきやペトロヴィッチ監督はリラックスした表情だった。

 決勝点を「あってはならない失点」とは言うものの、「われわれのほうが3点目に近かった」と反撃を評価する。そして、なじみの記者たちと今季もよろしくと笑顔で握手を交わした。石井監督は淡々と、「もっと向上していける。まだこれから」と鈴木に厳しくも大きな期待を寄せる。「J1とACLの弾みになる」と、鹿島は今年最初のタイトルを持ち帰った。

 J1王者と天皇杯王者の対決は、鹿島が両タイトル獲得のため、リーグ2位の浦和が対戦した。昨季のチャンピオンシップの再戦は、両チームとも生まれ変わり昨年の延長線上にはない。両者ともに、新戦力に確かな手ごたえを感じ、既存戦力にさらなる高みを求め、開幕に向けた準備を着々と進めていた。

 

佐藤 功(さとう・いさお)

岡山県出身。大学卒業後、英国に1年留学。帰国後、古着屋勤務、専門学校を経てライター兼編集に転身。各種異なる業界の媒体を経てサッカー界に辿り着き、現在に至る。