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魔境・J3の真実【J開幕特集・改革元年前夜/J3展望編】

J1の1シーズン制回帰やJリーグ放送を取り巻く劇的な環境の変化など、大いなる改革が進んでいる今季のJリーグ。3つのカテゴリーを有するJリーグは、実際のピッチ上で、どんな戦いを繰り広げるのか。各カテゴリーの番記者らが今季戦うステージを展望するJ開幕特集・改革元年前夜。第1回は、昨季J2・J3入れ替え戦敗退で今季もJ3を戦う栃木SCの番記者・鈴木康浩氏が、”魔境・J3″の真実に迫った。

 

▼まさかの「クーリングブレイク」発動

チームにかけられる強化費で単純に並べれば、今季のJ3は、ギラヴァンツ北九州、栃木SC、AC長野パルセイロといった優勝争いが展望できるが、事はそう単純に運ばないだろう。J3はそんな単純なリーグじゃないぞ、と言える理由を、昨季、栃木の番記者として初めてJ3を回ったので体験談から記してみたい。

夏場の試合会場で「クーリングブレイク」という言葉を久しぶりに聞いた。場所はSC相模原のギオンスタジアム。栃木は相模原のホームで試合を迎える予定だった。日付は7月3日。キックオフは15時。体力を奪い取る強烈な太陽が真上から睨みつけていた。

クーリングブレイクとは、気温が摂氏32℃以上の試合の途中に主審の判断で挟まれる1分間の「給水タイム」の、一つ上のレベルの3分間の休息タイムを意味する。前半や後半の折り返しを過ぎた頃に、選手たちがタッチラインを踏み越えてベンチの日陰の中に入り、座りながら給水し、さらに指揮官の指示を仰ぎながら3分間の休息を得られるものだ。

過去のW杯でクーリングブレイクが採用された試合がある。2014年ブラジルW杯オランダvsメキシコ。夏場の炎天下、摂氏32℃を記録するゲームだった。高騰する放映権と、それによるテレビ局都合のキックオフ時間の設定が絡んだ悲劇だろうか。真夏の炎天下の中で選手たちはしゃにむに走らされた。こんな状況下で試合をすれば、当然、人体は危険な状態に直面しやすい。クーリングブレイクとはその危険を極力回避するために設けられた休息タイムであり、FIFA(国際サッカー連盟)が定める規則である。

ただ、このクーリングブレイク、試合展開に影響を与えることがあった。試合の途中に入る3分間もの休息は、詳細な戦術の練り直しが可能になる。2014年W杯のオランダは前半窮地に陥って1点ビハインドとなったが、クーリングブレイク時の戦術の練り直しが功を奏し、再開後のピッチでメキシコを逆転して勝利した。

昨季、栃木もまさにクーリングブレイクに救われた。相模原戦の序盤、炎天下の中で集中力を乱して試合に入ったボランチ二人が信じられないミスを連発、中盤でボールを失うと相手のショートカウンターの餌食に数度遭った。失点は時間の問題、というノックアウト寸前だったが、栃木はクーリングブレイクの一時中断に救われたのだ。戦術を練り直し、一息入れた再開後、栃木はリズムを取り戻し、相模原から2ゴールを先行して快勝した。

相模原のホーム・ギオンスタジアムには照明施設がなく、夏場もナイターの試合開催が不可だった。真夏の炎天下のデーゲームで、こんな出来事が起きたわけだった。

▼堂安律に翻弄された昨季のJ3

栃木はJ2に7年間いたので、それなりに施設環境が整ったJ2に慣れていたせいか、当初はJ3の現状に戸惑った。秋田のホームゲームを訪れた際には、会場の一部がブルーシートで覆われている光景に度肝を抜かれた。覆わなければ、ピッチが丸見えになってしまうための対処策だった。

J3は今季4年目を迎える、未整備な側面を持つクラブが新加入する未整備なリーグだ。そのリーグ内で起きるイレギュラーなケースにも冷静に対応して勝ち点を上積みしなければいけないことを学ばざるを得なかった。

未整備かつ過渡期にあるリーグゆえに、J1クラブのU-23チームが参入する、いわば実験場としてもちょうどいいのだ。

しかし、この実験に、昨季の栃木は命運を左右された感がある。

昨季のJ3は「堂安律に翻弄されたリーグ」と言い換えていい。「東京五輪の星」と評される堂安が所属するガンバ大阪は、昨季もU-23チームをJ3に参入させた。堂安は、G大阪U-23のエースとして君臨した。G大阪U-23のメンバーは、ジュニアユース時代から苦楽をともにしてきた仲間が集い、堂安がチームのマエストロであり、フィニッシャーとして機能したとき、J3上位チームを凌駕した。あのメンバーが固定で戦えれば、J2の中位にも食い込めるのでは、と思えるほどだった。

だが、メンバーは通年で固定されなかった。堂安は昨季、U-19日本代表のメンバーとしてアジア予選を転戦した。堂安がいるときと、いないときのG大阪U-23は、チーム力が大幅に増減したように思う。前者に藤本淳吾やパトリックらオーバーエイジ枠の選手らを組み込んだG大阪U-23に、J3上位の鹿児島は1-6で大敗した。昨季のJ3で10連勝、17試合負けなしの記録を打ち立てて首位を快走していた栃木は、堂安率いるG大阪U-23に0-2で完敗。18試合ぶりの敗戦を喫し、最終盤に失速するきっかけを作ってしまった感がある。

一方、最終的に栃木を大逆転して優勝した大分は、残り3試合の時点で堂安不在のG大阪U-23と対峙して1-0で勝利し、最後は5連勝で優勝を決めた。この試合に堂安が出場するかしないかはJ3の優勝争いの行方を左右しただろうが、堂安はバーレーンでU-19アジア選手権のMVPを獲得し、帰国して直後だったこともあり出場はしなかった。

まあ、堂安にやられてしまった栃木が悪いだけの話だが、みんな同じ条件で戦いたかったなあ、という愚痴である。ちなみに今季のG大阪U-23の指揮官は宮本恒靖が執る。G大阪は今季、トップチームとU-23チームはそれぞれ選手を固定して戦うとの話も聞くが、果たして今季のJ3でも堂安律の無双状態はあるか。

J3ならでは特徴をもう一つ挙げよう。現状で降格制度がないこともチーム作りに影響を与えているのでは、と思うことがある。

J3にはやたらと攻撃比重の高いチームがゴロゴロいる。FC琉球、グルージャ盛岡、藤枝MYFCなど、中盤に人数をかけて、リスク度外視の攻撃サッカーを展開し、どんな相手にもボールを長く握ってゴールを奪いに来るスタイルが目を見張った。これらのチームは年間順位は中位より下だったが、得点数はリーグ上位にズラリと顔を並べた。その代わり、総じて失点数が多かったのだが。

栃木は、彼らに一定以上の時間帯でボールを握られ、苦しんだ。ある意味での彼らの攻撃性という名の狂気は、栃木のようにJ2昇格が義務付けられ、失えば大きいものを背負うチームにとって脅威だった。昨季の栃木は、琉球、藤枝、盛岡と終盤戦に対峙し、その攻撃性の前に勝ち点を削り取られてしまった。

▼ダークホース推しにFC琉球

前置きが長くなってしまった。

J3はかくも戦いにくいリーグである。資金的に恵まれて戦力をそろえても、これは大きなお世話かもしれないが、安心してはいけないとJ2降格組の北九州には助言しておこう。

これくらいやれば勝てるだろう――という慢心もくれぐれも禁物だ。昨季、J2から降格して初めてJ3に参戦した栃木は、その手の慢心はあってはいけないと頭で分かっていながら、開幕直後に慢心が見えた。開幕から5試合で3敗して初めて、目の色を変えて泥臭く結果をつかみに行くようになり、最終的に2位でフィニッシュした。その意味で、北九州が今季、どんなリーグ戦の入り方をするか注目している。

優勝争いを演じるのは、当然、われらが栃木。

昨季リーグ最少失点だった堅守はそのままに、攻撃力の上積みを可能にする前線のメンバーが充実した。

J2降格組の北九州は地力があるだろう。エースの原一樹は移籍したが、骨格となる主力はおおむね残留、そこに昨季のJFLで15ゴール、下位カテゴリーから得点力のある茂平を獲得したのは面白い。彼が持つ「上のカテゴリーで活躍したい」という思いがチームが苦しいときの活力になる。昨季の栃木がJ3屈指のストライカー大石治寿(今オフにJ2山口に移籍)に救われたように。

J3の雄とされる長野は、鹿児島を2年間率いて強力なチームを作り上げた浅野哲也監督の招へいが最大の補強か。長年息を合わせる安定した戦力が残留し、ここに名古屋グランパスから明神智和、京都から岩沼俊介ら要所のポジションで戦力が上積みされた。3位で終わった昨季以上の戦力だろう。

ダークホースはFC琉球。昨季の琉球は序盤、中盤に人数をかけた流れるようなパスを軸とするスタイルでどの試合も主導権を握り、序盤は首位に君臨した。その後は富樫佑太ら主力がけがで離脱してから調子を崩したが、彼らが夏以降に復帰すると終盤にV字回復を果たして8位に食い込んだ。田中恵太、パブロといった主力の流出を最低限に抑え、知る人ぞ知る知将キム・ジョンソン監督が続投する今季は相当にやれるチームではないかと予測する。

その琉球と栃木はホームでの開幕戦で激突する。栃木からすれば厳しい試合になるのは間違いない。ただ、昨季のJ3での経験は必ず生きるだろう。少なくとも、昨季の序盤戦で見せた”慢心”が微塵もないだろうことは、開幕戦を迎える上での大きなポイントである。

鈴木 康浩(すずき・やすひろ)

2016年4月、栃木フットボールマガジンを円滑に軌道に乗せるために浦和から故郷・栃木に戻った。現在は大自然のなかの伸び伸びした生活に心洗われる最高の毎日を過ごしている。これで栃木SCが来季J2に復帰できれば文句なし。