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ハリルホジッチの言う「勝つ文化」とは何か。この3カ月、最初の成果を確かめる旅へ

宇都宮徹壱が登壇。指揮官の強調した、ある言葉に注目する。

6月1日、ハリルホジッチ監督はロシアW杯アジア予選に向けて日本代表メンバーを発表した。この顔ぶれから見えたものは何か。またW杯予選に期待することとは? それぞれの識者が新生日本代表を語り倒す。第4回目は宇都宮徹壱が登壇。指揮官の強調した、ある言葉に注目する。

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(C)宇都宮 徹壱

▼結果にコミットするということ
「FIFAに関する話よりもフットボールの話をしたい」

 6月1日に千葉のホテルで行われた、イラク戦(6月11日)とシンガポール戦(16日)の日本代表メンバー発表会見。記者からFIFAの汚職問題について問われて、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督はこのように語っている。それから間もなくして、五選を果たしたゼップ・ブラッター会長が突然の辞意を表明。臨時FIFA総会で新会長が決まるまでは今の地位にとどまるようだが、何とも騒然とした空気の中で3年後のロシア大会に向けた戦いはスタートする。

 さて、編集部から振られたお題は「俺的注目ポイント」。今回は、原口元気や丹羽大輝や谷口彰悟といったフレッシュな顔ぶれの招集が話題になっているが、私はちょっと違った視点から論じていきたい。このメンバー発表の会見で、私が最も心に響いたのが「皆さんに『勝つ文化』を伝えたい」という指揮官の言葉である。

「私は霜田(正浩)技術委員長と『最初の2試合は絶対に勝つ』という話をした。ただ、それだけでは満足しない。これを続けて確認しなければならない。(中略)選手たちは常に『勝ちたい』と思わなければならない。この『勝つ文化』が、W杯予選では特に大事になってくる。最初の試合から、日本がW杯に行くという野心があることを見せたい」

 代表の公式戦は、今風に言うなら「結果にコミットする」ことが最優先される。要するに「どんなことがあろうとも、結果だけは出しますよ」ということだ。ゆえに、アルベルト・ザッケローニはW杯予選突破が決まるまではメンバーを固定し続けたし、後任のハビエル・アギーレも(結果は出せなかったが)アジアカップで優勝することから逆算して遠藤保仁や長谷部誠といったベテランを呼び戻していた。

▼汗を流し、靴をすり減らして
 では、ハリルホジッチの場合はどうか?

「結果にコミットする」という意味では、これまでの代表監督とミッションはまったく同じだ。しかしながら、アギーレやザッケローニに比べると、圧倒的に準備期間が短い。のみならず、チームの若返りやメンタル・フィジカル両面での改革など、二人の前任者が成し得なかった課題にもチャレンジしていかなければならない。そうしたハードルの高さを承知の上で、ハリルホジッチは「勝つ文化」という言葉をあえて選んでいる。それはすなわち「結果にコミットする」以上のことを、彼は日本サッカー界にもたらそうとしていると見てよいだろう。

「私が日本に着任してから、(スタッフと合わせて)J1、J2、J3を含めて116試合を見に行った。ナビスコカップは28試合、ACLは24試合、欧州視察も含めてライブで見に行ったのが171試合ある。スタッフ全員で349試合を映像で見た」

 会見で指揮官が述べたとおり、選手のスカウティングには最大限の努力を払ってきた。その上で、入念なミーティングとディスカッションを繰り返し、今回の25名のメンバーを選出した。活動期間が必然的に制限されるナショナルチームにあって、わが国の代表監督とそのスタッフは自ら汗をかき、靴の底を減らしながら精力的な仕事を続けている。目指す理想を実現させるために、自身ができることを最大限まで突き詰める。就任以来のハリルホジッチの言動を観察していれば、自ずと「勝つ文化」の意味するところが見えてくるはずだ。

 もちろん、これまでの代表監督がそうした努力を払ってこなかった、などと言うつもりはない。それに「負けず嫌い」を自認する監督は以前にもいた。ただし、本大会までまだ3年もあるこの時期から「選手もスタッフも、ここまで必死にやらなければ世界に追いつけないんだ」という、まさに鬼気迫る情熱と焦燥を感じさせたのは、ハリルホジッチ以前にはいなかったと思う。しかも「時間が足りないから」焦っているのではない。世界との彼我の差を痛感しているからこそ、62歳の指揮官は日々のハードワークを厭わないのである。

 当然、選手も必死にならざるを得ない。現時点では、誰ひとりとしてポジションを約束されていないのだから当然であろう。「欧州のビッグクラブでプレーしているから」とか「他に替えが効かないから」といった免罪符は、今のチームには存在しない。純然たるチーム内での競争原理は、過去2回の合宿を通じて、すっかり選手たちの間に浸透された感がある。

▼3カ月での成果を見届けたい
 アジア2次予選の対戦相手は、いずれもFIFAランキング3ケタ台(日本は50位)。しかもアウェイ4試合のうち2試合は中立地で開催されることがすでに決まっている(アフガニスタン戦はイラン、シリア戦はオマーンでの開催)。単に「勝つ」ということであれば、それほど難しい話ではない。

 とはいえ指揮官が目指すのは、あくまでも「勝つ文化」。それが、代表クラスのすべての選手、そして日本のファンにもあまねく共有されて初めて、われわれは2014年のブラジルの悪夢を払拭することができよう。ロシアへの第一歩はホームでのシンガポール戦だが、どんな相手に対しても常に勝利に貪欲な日本代表であってほしいものだ。

 そういえば「結果にコミットする」のCMで有名になった某スポーツジムは、2カ月でその効果が目に見えて確認できるという。ハリルホジッチが新監督に就任して3カ月が経過した日本代表には、どんな変化が現れるのか。しかと見届けることにしたい。

宇都宮 徹壱

写真家・ノンフィクションライター。1966年生まれ。東京出身。 東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、1997年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」 をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)は第20回ミ ズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。2010年より有料メールマガジン『徹マガ』を配信中。http://tetsumaga.com/