J論 by タグマ!

頑固なまでにクソ真面目。「サッカー馬鹿一代」大分指揮官・田坂和昭の美学

大分の名物番記者・ひぐらしひなつ氏に、ジェットコースターのような九州の雄の「2014」を語ってもらった。

2014年のJ2リーグは全体の4分の3余りを消化。いよいよラストスパートが問われる季節になってきた。「最初からスパート」状態だった湘南が早くも昇格を決める一方で、2位以下は予断を許さない状況が続いており、下位の攻防も熾烈だ。そこで「J論」では、J2の幾つかのクラブにフォーカス。そのラストスパートを展望するために打った術策に注目する。今回は6位・大分の名物番記者・ひぐらしひなつ氏に、ジェットコースターのような九州の雄の「2014」を語ってもらった。

▼プレーオフ初代覇者の栄光と挫折
 2012年秋。史上初のJ1昇格プレーオフを勝ち抜いたのは、圏内最下位の6位で参加した大分だった。

 出来過ぎた昇格劇だった。めくるめくパスワークを駆使する京都を下し勝ち進んだ決勝。タレント揃いの千葉の前に、防戦一方となった。なんとか水際でしのぎつつも「スコアレスドローで本命・千葉の昇格か」と思われた86分。田坂和昭監督は、1-1-3-5という予想外の攻撃的布陣で大勝負を仕掛けた。その一策が、林丈統の美しいループシュートへと結実する。「絶対に無理」との前評判を覆し4年ぶりのJ1復帰を決めた大分の一戦は、そこに至るまでのクラブの経営危機との戦いも含め、「映画化決定」モノのサクセス・ストーリーとなった。

 そうやって戻った昨季J1の舞台で、大分は2勝8分24敗という不本意な結果に沈むことになる。内容的にまったく歯が立たなかったわけではない。毎回「そこそこの試合」を展開しながら、攻守において最後の部分で、いわゆる「個の力」に押さえ込まれた。10月初旬には早々に、1年でのJ2降格が決定。J1で太刀打ちするに十分な戦力を、大分の資金力では揃えることができないのだ。

▼頑固一徹指揮官の下で
「育てながら勝つ」。

 昨季の無念さを噛みしめ、田坂監督は宣言した。J2降格の責任を取り辞任する意向でいた指揮官をクラブが慰留して続投させたのは、その理想と現実とのバランス感覚を評価しての選択だった。

「戦力の育成」と「目先の結果」の二兎を追うのは容易ではない。昇格という結果のみを追求するなら、極端な話、強力な盾と矛を揃えればどうにかなる。「でもそんなのつまんない」と、田坂監督はつねづね言うのだ。「見てる人もプレーする側も、そんなの面白くないでしょ」。昨季あれほど「個の力」に押さえ込まれ苦汁を飲んだにも関わらず、いやむしろ、だからこそ余計に、「サッカーは組織でやるもの」という理念が、田坂監督の負けず嫌いに火をつけた。

 昨季J1で田坂監督が最も痛感した”力量差”は、選手個々の判断力だった。良い仕事をするプレーヤーは瞬時の判断に長けている。そこで日々のトレーニングに、思考の要素をより多く盛り込んだ。蹴る・止めるといった基礎練習ひとつ取っても、メニューは一筋縄ではいかない。

 選手に対しては辛抱強く接し続けた。先発起用したFWが散々で、後半アタマから交代予定だったが、ロッカールームでの様子を観察し「あと15分」と待ったことがある。このタイミングでベンチに下げるのは切り捨てでしかなく、選手の今後の可能性を潰しかねない。その瀬戸際の判断が、試合結果としては裏目に出ることもある。それでも、90分で勝ちきるゲームのように、シーズン終盤にチーム全体が底上げされていることを願い、選手を信じて我慢し続けている。

▼得失点差「-3」で6位をキープ!?
 8節を残して、現在6位。特筆すべきはその得失点差にある。「-3」でこの順位にいることの不思議を問うと、選手たちも「なんででしょうね」と苦笑する。

 開幕前から丁寧に組み立てるスタイルを培い、シーズン序盤のうちに、攻撃の形は作れるようになった。ただ、肝心のフィニッシュが決まらない。精度も強度も不足していた。攻撃陣個々への丁寧な指導を繰り返し、圧倒的な得点力不足を堅守で補いながら中位以上をキープする。

 得点できない試合が続くうちに、攻撃陣には焦りが、守備陣には疲労が見えはじめた。「焦って無理に攻めに出て、自分たちでバランスを崩してしまっていた」と、守備崩壊に至ったいくつかの試合を、主将にしてディフェンスリーダーの高木和道は振り返る。それでも多くの試合を僅差で勝ち、あるいは泥臭く引き分けに持ち込んで、勝ち点を稼いできた。それが今の大分だ。

 中断期間には、カンフル剤としての戦力補強も行った。ただ、新戦力・ラドンチッチを組み込むために、戦術変更も強いられる。「全員守備・全員攻撃」を信条としてきたチームに、攻撃に専念するメンバーがひとり入ることで、守備の規律が変わり、残りのメンバーの負担が増えた。

 その調整による労力とストレスを乗り越えながら、苦しい夏をしのいだ。前線から連動したプレスをかけたシーズン序盤とは一転、自陣に引いて守り、ラドンチッチ単独の強さで強引に得点を奪う。それでも田坂監督は、自らが「そんなのつまんない」と主張する単調なサッカーに陥らないよう、組織としての連動性を模索し続けた。

 夏が終わるとともに、チームは再び運動量を増やし、前線から積極的にボールを奪いに行く戦術へと切り替えた。「そのほうがチームに勢いがつくのではないかと、心理的な部分での影響も計算した」と田坂監督。同時にブラジル人DFダニエルを獲得し、中盤の補強を図ってもいる。

▼昨季のリベンジへ。周到な準備は始まっている
 波に乗りきれないまま終盤まで来たという印象もある。好ゲームの次節にはコケる。下位チームとの試合にも勝ち切れず、かろうじて勝ち点1をもぎ取る有様だ。ただ、昇格を争うライバルチームたちもここに来て足踏みしがちで、そんな悪運の強さも大分に味方している。

「悪い時期もあったが、引き分けを挟んだりしながら、連敗は一度しかないので、下を向かずにやってこれた。しんどくても前を向けている」と高木は言う。一時の勢いではなくコンスタントに勝ち点を積みあげてこられたのは、決して悪い傾向ではない。

 昇格争いの大詰めには、メンタルの強度が多く影響を及ぼす。「まだチーム内に温度差がある」と分析する田坂監督が、どう手綱をさばいていくか。ここ数試合は2012年の終盤同様、2列目に運動量豊富な職人タイプの選手を起用しており、それが奏功している点にも注目だ。一方で、ここまでは地道に組織を育ててきた指揮官が、最近は「駆け引き」だとか「バクチ」だとかいった勝負師らしい言葉を口にすることも増えた。

 昨季のリベンジへ向け、まだ可能性の残る自動昇格に向けてラストスパートを仕掛ける準備は出来ている。リーグ戦とはレギュレーションの異なるプレーオフに回ったなら、一昨年のような大胆かつ周到な大勝負を見せてくれるかもしれない。

 なにはともあれ、6位以内を死守することが前提だ。混戦の結末は、まだ見えない。


ひぐらし ひなつ

大分県中津市生まれ。福岡や東京で広告代理店制作部に勤務し、いつしか寄る辺ない物書きに。07年より大分トリニータの番記者となり、オフィシャル誌『Winning Goal』などに執筆。12年シーズンよりサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』大分担当も務める。戦術論から小ネタまでの守備範囲の広さで、いろいろとダメな部分をカバー。著書『大分から世界へ~大分トリニータ・ユースの挑戦』(出版芸術社)。