【広島】森崎和幸物語 第1章

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森崎和幸物語 第1章(無料)SIGMACLUBweb

森崎和幸選手の現役引退表という現実を受け、「森崎和幸物語」の第一回を無料公開いたします。全20回にわたり、カズのここまでのサッカー人生、その苦しみ・挫折・栄光を、これまでの取材から再編集したものです。第2回以降は有料になります。ご了承ください。

森崎和幸というサッカー選手を考える時、僕は奇妙な感覚に囚われる。

久保竜彦であれば、全く説明不要だった。まず、見てもらえば、多くの人々が彼のプレーに魅了された。スピード、高さ、ダイナミックさ。決まりきったことではなく、何をやるかわからない創造性も持っている。野性味があり、闘志も見えるし、何よりもサッカーをやっているその姿が美しい。

和幸の弟・浩司にしても、その魅力を言うことは難しくない。類い希な技術を彼は、得点をとることに使ってくれるからだ。特に左足の破壊力は今もJ屈指。劇的な場面で彼の左足が炸裂して広島を勝利に導いたことは1度や2度ではない。

青山敏弘についても、そのダイナミックさと強さ、激しさについて語ることができる。千葉和彦や塩谷司、水本裕貴についても、林卓人についても、説明することは可能だろう。

だが、森崎和幸の良さについては、サンフレッチェのサポーターであっても、その本質を理解している人は決して多くないように実感する。カズがどうして通算400試合出場という偉業を達成できるのか。その理由を説明できる人がどれほどいるか。なにせ、プロのサッカー選手が「一緒にプレーするまで、カズさんの凄さがわからなかった」と語っているのだ。

森崎和幸というプロフェッショナルの本質を実感するためには、彼が歩いてきた道をたどるのが本筋だと思う。そこでこのメルマガでは、これから数回にわたり、カズの物語を書いてみたい。

カズは、クラブ史上初の高校生Jリーガーだ。もともとジュニアの頃から弟・浩司と共に広島のサッカー界では非常に有名な存在であり、ユース時代から「将来の広島の屋台骨だ」と評価も高かった。練習でも、バリバリのプロ選手の中でプレーしているにもかかわらず、その技術の高さは秀でていた。自然とカズにボールが集まり、彼を中心としてトレーニングが進んでいた。

1999年11月12日。広島はチャレンジャーズリーグの京都戦を迎えた。これは廃止されたサテライトリーグのかわりに西日本のJクラブが行った若手のためのリーグ戦。ただこの日は、Jリーグの試合まで時間があいたこともあり、対戦相手の京都には後にG大阪の黄金時代を演出したシジクレイをはじめとする外国人選手が3人そろい、他にも三浦知良をはじめとする主力がズラリ。広島もケガの久保竜彦や外国人選手こそ不在だったが、上村健一や服部公太などの主力がピッチに立った。その中で唯一、全くJリーグの出場経験がない選手として起用されたのが、森崎和幸である。

事情とすれば、間近に迫ったG大阪戦を前にリベロのポポヴィッチが負傷し、森保一が出場停止。桑原裕義がボランチから1枚さがってプレーする可能性が高くなっていた。ボランチができる吉田康弘もケガを負っていた。そのため、中盤のポジションが1つ、ポッカリとあいていたわけで、そこにエディ・トムソン監督は森崎和幸という18歳の少年を起用しようとしたのである。京都戦は、そのための「試験」だった。

この時、僕がどんなレポートを書いていたのか。当時、発行していたメールマガジン「Hiroshima Football」から引用したい。

「確かに、先発のカズは当初、相当とまどっていた。緊張からか身体は思うように動かず、相手がボールを持っても、アクションが起こせない。タックルにもいけず、またスペースを埋めることもできない。もちろん、指示も出せない。ユースでは黙っていても集まってくるパスも、この日はカズになかなかわたらない。ファーストタッチまで、試合開始から6分もかかっているのだ。ボランチとして、とても機能しているとはいえなかった。

ああ、硬いなあ。いつもどおり、堂々とやれればなあ。でも、無理ないかなあ。初めてなんだから。そう思っている間に、退屈な前半45分は過ぎた。

ところが、後半。カズは突然、光を放ち始めた。

相手との間合い、そしてボランチとしての動き方がわかったのか、前半とは見違えるような生き生きとした動きで、ボールに絡み始める。相手ボールを奪って、攻撃の起点となる。スペースに顔を出してボールをキープし、素晴らしい精度を持つロングパス・ミドルパスと視野の広さを見せつける。

まだ味方がカズのパスの特徴を理解していないために、それが決定機につながることはなかった。だがとにかく、後半のサンフレッチェの攻撃のほとんどは、カズが起点となっていた。ボールがキープできるカズは、やや球離れが遅いシーンもあったものの、確実に広島の中盤を支えていた。

守備、という部分でいえば、まだまだ学ばなければいけない。森保、桑原、吉田各ボランチの危険察知能力、粘り強いマーキング、ポジショニングの確かさと比較するのは、酷というものだ。だが、展開力、ボールキープ力、パスの精度、ゲームメイキングなどは、カズは十分に先輩たちと伍して戦える。特に、視野の広さは特筆もので、カズの頭の中ではスペースが自然と浮かび上がってくるかのようだ。

もちろん、中田英寿のような超一流と比較するのはまだ酷だが、これからの成長いかんでは、すばらしい展開力を持った攻撃的ボランチとして、広島の今後10年を支えてくれる可能性は、十分に感じさせる」

トムソン監督はカズについて「ベリー・グッドだ。プレイの質も素晴らしかったし、若いのにパニックに陥っていなかった。カズはすぐにでも(Jリーグで)通用する。ケガ人の復帰状況にもよりますが、(11月20日の)G大阪戦で起用する可能性は高いですね」と指摘。今西和男総監督(当時)も「初めてのトップでの試合であれくらいやれれば、いいんじゃないかな」と評価していた。また、この日はプレーしなかった森保一はカズについて、こんな言葉を語っている。

「うまいよね。カズだけじゃなく、浩司もそうだけど。あの無表情さの中に、どんな力が隠れているんだろう(笑)。

もちろん、周りに指示を出して中盤を組織化することは、まだ無理。経験がいる仕事だし、おそらく今のカズは、自分のプレーで精一杯だと思う。でも特にボールに絡んだプレーは本当にいいですよ。実際、俺らと一緒に練習をやっても、まったく遜色ない。ミスはしないし、あいつらにボールを預けると、リズムが出る。キープ力もあるし、ボールも失わない。もちろん不安もあると思うけど、普段からいい準備をして臨んでいれば(やれる)。

ただ確かに、カズと浩司はうまい。でも俺は、この何年間で巧いやつはたくさん見てきました。アンダー何とかの代表に選ばれた奴らもね。でも、みんながみんな、今も生き残っているわけじゃない。巧い、に加えて精神的な要素が本当に重要なんですよ。だから、カズにしても、無表情のままじゃいけない。グラウンド外のことはともかく、ピッチの中に入ったら、もっと自分を出して、アピールしないと。俺にとってはもう、カズはライバルですよ。あいつから教わることだって、ありますからね」。

ただ、本人には満足感はなかった。

「トップの人たちとこんなに長く、一緒にプレイするのは初めてでしたし、動きは硬かったです。少し、緊張もありました。自分のプレーには納得していません。攻守の切り替えが思ったようにできなかった。相手のプレススピードが思った以上に速かったです。

でも自分が前に動いて味方にスペースをつくる、という動きが、いい勉強になりました。難しいことに挑むことが、進歩につながると思います。(G大阪戦は)もし出られることになれば、頑張りたいと思います」

11月21日、森崎和幸は万博記念競技場でデビューを果たした。結果は引き分け。120分の激闘の中、主審の判定に激高したトムソン監督が退席処分にあうという事件もあったが、このG大阪戦こそ、彼の400試合に向けてのスタートとなった。

まず、この試合でのカズのコメントをご紹介しよう。

「自分の出来としては、50点です。確かにボールをつなぐことはできましたけど、それだけでした。もっと得点につながったり、チャンスをつくるパスを出したかった。守備はできたと思いますけど、とにかくユースとはスピードが違う。同じパススピードだと、相手にとられてしまいます。判断も含めて、もっとスピードアップしたいですね。

後半途中(73分)で交代しましたけど、特に疲れているとか、ばてたということはありませんでした。もっとできると思いました。でもそれは、自分では気づかないだけで、まわりから見れば、疲れているようなプレーだったのかもしれません。パスミスもあの頃から増えてきましたし」

一方、一緒にプレーした他の選手は、カズをどう評したか。ボランチでコンビを組んだ大久保誠の見解である。

「カズも俺も安定してやれていたと思うんで、(途中交代ではなく)もっとやりたかった」

帝京高から広島に加入し、プロ1年目となったこの年に6得点。Jリーグ優秀選手に選出された高橋泰のコメントだ。

「カズは、もっと声を出してほしい。ボランチは一番声を出さなきゃいけないポジションですからね。でもまあ、普段の練習もなかなか一緒にはできない状況だから、先輩に対して一歩引くところが出てしまうのはわかる。それは、僕も経験があるから。まあ、もっと一緒にやれれば、きっと大丈夫だと思いますよ。プレーはよかったわけですから」

そして、エディ・トムソン監督である。

「カズは試合の中でパニックになることもエキサイトすることもなく、いいプレーを続けてくれました。バランスも視野の広さも見せてくれました。最初の10分くらいは戸惑っていましたけど、それ以降は安心して見ていられましたね」

17年前に行われたこの試合については、さすがに断片的なもので、詳しいことは語れない。やはり、リアルタイムに書いたレポートをここで読み返したい。

「この若者の落ち着き払った態度は、どうだろう。入れこむこともなく過緊張もなく、クールに冷静に、ピッチで動いていた。

何よりこの18歳のすごいところは、ボールを失わないこと。タイルソンやルイジーニョといった海千山千のブラジル人が突っかけていっても、何事もなかったかのように、ボールをキープ。こういう姿を見て、カズの力を感じたのだろう。試合が進むにつれて広島の選手たちは、困った時にはカズにボールを預けるようになった。彼はプレーで、周りからの信頼を勝ち得たのだ。

そして、もうひとつ。視野の何と広いことか。相手のプレッシャーがあるなかでスペースをしっかりと見つけ出し、そこに実にやわらかなタッチでボールを供給する。しかもそのプレーが自然に行われていることも素晴らしい。

風間八宏が退団して以来、広島の中盤はパッサーがいなかった。山口敏弘がいるが、彼はどちらかといえばゴール近くで決定的なパスを出すのが仕事。82年ワールドカップのブラジル黄金の4人でいえば、パウロ・ロベルト・ファルカンのような、背筋をピンと伸ばして長短のパスを駆使しながらゲーム全体のストーリーを構築するような、そんな選手はいなかった。

広島の攻撃コンセプトである速攻は、ただ単にバックラインからのロングパスだけがオプションではない。本当は中盤を起点として、長短のパス回しをからめながらゴールにすばやく迫る、という試合をつくりたい。トムソン監督は当初、「ボールをキープするゲームをしたい」と語っていたのだから。

ただ、これまではそれができるタレントがいなかった。しかし、これからはカズがいる。彼を中盤の中心にすえて展開すれば、これまでの広島とは違った顔が、見られるような予感がある。実際、カズ-大久保-藤本でつくった中盤は、気持ちのいいほど、ボールが回った。それも、横浜や磐田のような南米スタイルのものではなく、パスを回すなかでもスピーディーさを感じさせる、実に広島らしい展開だった。冗談ではなく、広島というチームの新しい時代を、このパス回しが感じさせた。その中心にいたのは、まぎれもなく、18歳の若者だった。

また、カズがボールを持てるということは、広島の生命線であるサイド攻撃がより有効になることを意味する。この日、服部が気持ちのいいほど攻撃参加を繰り返していた。それは、藤本というパートナーがいたこともあるが、中盤でボールがキープできるため、ウイングバックが攻撃に参加する時間がつくれたのである。実際、カズと大久保が代わることで、広島のサイド攻撃はなくなり、中盤のボール回しのリズムもなくなった。いかにカズが利いていたか、何よりの証拠であろう」

ここに書かれているように、当時の彼は攻撃の中心となりうる選手だという認識だった。課題は守備だったし、それは本人も周囲も理解していた。だが、今も彼の特長である「ボールを失わない」技術は、当時から明解に表現できていた。

その後、彼は名古屋戦で後半45分、浦和戦では延長戦から11分の出場に終わった。だが天皇杯では4回戦対福岡戦から先発の座をゲット。後半アディショナルタイムに藤本主税の決勝点をアシストすると、清水戦・V川崎戦と3試合連続アシストを記録し、チームの決勝進出の立役者となった。決勝の対名古屋戦では腰痛によって前半45分のプレーに終わったが、天皇杯でのカズは「やれる」ことを十分に証明した。

高校3年生で天皇杯決勝の舞台に立つ。前年度の市川大祐・平松康平(共に清水)に続く史上3人目となる快挙を成し遂げた森崎和幸の未来は、明るかった。U-19日本代表の主力であり、チームで森保一や桑原裕義の後継者としての地位は、約束されていた。彼を中心に、新しい広島の栄光がつくられていく。多くの人々が、そう考えていた。

だが、人生は思ったままには、動かない。

※第2章へ

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