神戸・フアン・マヌエル・リージョ新監督の特異な経歴と実績 「日本代表監督を狙いたい」

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神戸・フアン・マヌエル・リージョ新監督の特異な経歴と実績 「日本代表監督を狙いたい」サッカー番長 杉山茂樹が行く

ヴィッセル神戸の新監督就任が発表されたフアン・マヌエル・リージョ。実際にいつから采配を振るうのかは未定とのことながら、日本サッカー界に施す薬として、これ以上のものはない。神戸は、考え得る限りにおいて最高の人物を獲得したと言いたくなる。その選択眼、センスに拍手を送らずにはいられない。

筆者は何を隠そう、これまで多くの監督に話を聞いた経験がある。サッカー観を触発される監督に、数多く出会ってきた。故ヨハン・クライフはそのひとりになるが、リージョもけっして負けてはいない。

クライフはスーパースター。現役時代の憧れもあるので、その分ポイントは高くなるが、リージョは14歳のときに選手としての道を断たれたプロ選手経験のない指導者だ。見た目もクライフとは対照的。圧倒的に地味だ。その話には、だからこそ惹きつけられた。

純粋に話が面白かった。なにより口を突いて出てくる言葉が新鮮だった。ひと言でいえば哲学的。といえば「オシムの言葉」を連想するが、サッカー観をくすぐられる言葉という意味では、リージョの方が勝る気がする。こちらより年下(52歳)なのに言葉に含蓄がある。知的であり文学的だ。つい、オシムと同じぐらいの年配者から話を聞かされているような錯覚に陥るのだ。

新たな視点、概念を提供してくれるので、サッカーの奥の深さを伝えられたようで、サッカーへの興味はさらに膨らむ。日本の指導者からまず聞くことはできない類の話が、次々と飛び出してくるのだった。

リージョは監督になった後、年上の選手からこう言われたことがあったそうだ。

「あなたは1000年ぐらいプレーしてきたような知識を持っていますね。これまで指導を受けてきたプロ選手経験のある監督より、あなたから学んだことの方が断然多い」

リージョが監督になったのはなんと15歳。21歳のときに、スペイン代表クラスの37歳の選手を指導した経験もあるという。

さらに言えば、29歳でサラマンカの監督として、スペイン1部リーグの監督最年少記録を樹立(1995-96シーズン)。根っからの監督という、特異な経歴の持ち主なのだ。

こちらが最初にその存在を知ったのは、1996-97のスペインリーグ開幕戦、オビエド対バルセロナ戦だ。このときリージョはオビエドの監督で、年齢は30歳。一方、バルサの監督はボビー・ロブソンで63歳だった。最年少監督対最年長監督の戦いとして話題を呼んだ一戦だった。

面白かったのは試合後の記者会見だ。こちらの耳を捉えて放さなかったのは最年長監督の言葉ではなく、最年少監督の方。フアン・マヌエル・リージョの名前が刻まれたのはその時だった。そのひな壇の片隅で、ボビー・ロブソンの通訳をしていたジョゼ・モウリーニョ(当時33歳)も、忘れることができないが......。

リージョをひと言でいうならば「ジョゼップ・グアルディオラが師と仰ぐスペインの戦術家」だ。神戸入りを伝える報道にも、例外なくそのフレーズが用いられていたが、その起源は、実はこのオビエド戦にある。当時25歳だったグアルディオラは試合後、オビエド監督のもとに駆け寄り、こう述べたという。

「あなたはなんでこんないいサッカーができるのか」

オビエドはこの試合、2-4で敗れたが、好感を抱かせるサッカーをした。面白さ、いいサッカー度でバルサを上回った。2人は、この試合を機に親密な関係に発展していったという。

2004-05シーズン前に、リージョに話を聞くため、当時、監督を務めていたテッラーサというクラブを訪ねると、そこに世間から雲隠れしていたグアルディオラの姿を発見したこともあった。

また、グアルディオラは、メキシコのドラドス・シナロアというチームで現役を終えたが、そのときの監督を務めていたのもリージョである。

2人は、ジョアン・ラポルタ氏が勝利した2003年のバルサ会長選挙にも絡んでいた。対抗馬のルイス・バサート氏が掲げた公約が、グアルディオラのGM就任で、氏が当選すれば、グアルディオラは監督にリージョを迎える予定だったという。バサート氏はラポルタ氏に敗れ、リージョはバルサの監督になり損ねた。

一方、グアルディオラは、その5年後(2008-09シーズン)にバルサの監督に就任。就任1年目でチャンピオンズリーグ優勝を飾った。

グアルディオラ監督のバルサについて、リージョはこう述べている。

「私のサッカー哲学はバルサのサッカーそのもの。グアルディオラのバルサは、私の息子のようなものです」

サッカー監督に求められる資質として「喋り」がある。どれほどいい言葉を吐けるか。それと名監督度は比例の関係にある。よい監督ほどよく喋る。教え魔のごとく、自らの哲学を宣伝したがる。まるで宣教師のように。

「スペインで指導者をしていても、もはやあまり面白くない。セオリーやコンセプトを伝える必要がなくなっていますから。できれば外国で監督をしたい」とこちらに述べたリージョも、例外ではない。

「中国のクラブからいくつかオファーは来ていますが、私は日本の方が好きです。雇ってくれるクラブはないですか?」と、逆質問されたのは5年ほど前にインタビューしたときのことだった。その後、彼が渡ったのは南米(チリ、コロンビア)。日本行きはタイミング次第という感じだった。

可能性がない話ではないことを知る身としては、今回の神戸入りに特段の驚きはないが、歓びの念は禁じ得ない。日本サッカー界にとって画期的なニュースであることは間違いないのである。

なにより、耳を澄ますべきはその喋りだ。リージョに哲学を尋ねればこう答えた。

「ボール支配率にこだわるサッカーであり、ボールを中心とするサッカーだ」

新鮮なのは、後半のフレーズだ。

サッカーゲームは「ボール中心に回っている」という考え方。サッカー選手に求められている使命は「そのどちらに転ぶかわからないボールと共鳴しながらプレーすることだ」と言う。

「守備、攻撃の勝手な解釈がサッカーを悪くしている原因だ」

「マイボール時でも守備はできる。相手ボール時でも攻撃はできる」とも。

リージョの書斎には7000冊の蔵書があって、そのうちサッカー本は1500冊を占めるという。読書家であり研究家。古い試合のビデオ鑑賞にも余念がないそうだ。サッカーを歴史的に深く掘り下げることを忘れたくないのだという。

その結果、異を唱えたくなったのが「いくらいいサッカーをしても勝たなければどうしようもない」という概念だという。「いいサッカーをした方が勝つ」「悪いサッカーをしたチームが勝つ保証はどこにもない」が、研究から得た結論だと胸を張った。

リージョは5年前、こうも語っている。

「日本代表監督の座も狙いたい」

リージョ側が狙うのではなく、日本側がお願いにいくのが筋だと思うが、とにもかくにも、その神戸監督就任を機に、現日本代表監督を含む、日本人監督の総合的なスタンダードが上がることに期待したい。

そのサッカー監督像にまず目を凝らしたい。

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